Affection-06
□side A ──アットワ地溝


『アルマイア、生きてる?』
 シャクラミの大迷宮と呼ばれる洞窟から、アットワ地溝へと続く道を歩いている最中、リンクシェルの端末から突然呼びかけられた。
「………オイ、生きてるってなんだよ」
 声をかけてきたのは、腐れ縁のシャール。相変わらずの物言いもまあご愛嬌というか。
 こいつとの付き合いも、なんだかんだ言って長い。初めてジュノの地を踏んだ時に、組んだパーティで顔を合わせて以来だ。その少し後に拾われたリンクシェルで、偶然にも一緒だったってんで一気に距離が縮まった。
 組んだときは忍者だったんだが、本職ではなかったらしい。いわゆるサポ上げって奴だ。
 ……ぶっちゃけて言うと、こいつと組んだ時に、戦士から忍者に職を変えることを決めた。
 戦士じゃ、俺が理想とする動きをとるにしても色々と限界がある。薄々思っていたことを、目の前に突きつけられた気がしたからだ。
「で、なんだ? 誘われ待ちの暇潰しか?」
『違うって。アットワにちょっと用事があるから、邪魔しに行こうかとね』
 ……こういう言い回しが、いかにも奴らしい。
 わざとらしい溜息を聞かせてから、判ったよ、と投げ遣りに告げると、それはもう意外な答えが返ってきた。
『じゃ、クラン。釣り一段落したらテレポよろしく〜』
「『 はぁ??』」
 素っ頓狂な声が重なる。俺のものと、ずっと沈黙を守っていたクランのもの。
 端末に接続しているメンバーは俺達三人しか居なかったから、まあお鉢が廻ってくるのは当然なんだろうが。
『ちょっと…、──ってよ、…今……っ…、』
 おしゃべり大好きな筈の、クランの返答が途切れがちだ。
 表示されている場所はクフィム島。接続が不安定だからなのかと思ったが、どうもそう言う雰囲気でもない。 うわ、と爆ぜた声に、進めていた足が止まった。
『どうしたの、クラン? ……なんか、あった?』
 揶揄の声色のままのシャールの声がカンにさわる。のっぴきならない状況だと判りそうなものなのに、こいつはどうしてこう言う物言いになるんだ。
「おいシャール、からかえる状況かよ、それ」
 ほとんど反射の域で口を挟むと、途切れた声の合間に、低い呪文の詠唱が入る。そのまま呪いでも叩きつけられそうな質の声音は、おそらくゴースト族のものだ。
『平気、…も少し、待…ッ、………、──…!!』
「クラン!!」
 ごう、と氷雪の嵐の只中のような音が、クランの声を掻き消した。


『あーあー、死んじゃった?』
『当たりー……。シャール、庭にいるならそのまま待っててー。戻るから…』
『蘇生いいの?』
『……んー……、ちょっと判り難い場所だから……』
 ぐったりとした、酷く張りの無い声。氷雪の音も呪詛めいた声も消えてなくなって少し後、相変わらず軽い調子のシャールの声と、それに応えるクランの遣り取りに、俺は足を止めたまま黙りこくっていた。
 戻る、と告げた声のその少し後に表示が更新されて、クランが持っている端末の在り処がル・ルデの庭に変更になっている。どうやら言葉の通り、蘇生も待たず……いや、出来る状況でもなかったのか、ホームポイントに帰還したらしい。
 ところで俺たち冒険者は、『ホームポイント』と呼ばれる人一人分ほどもあるでかいクリスタルと、切っても切れない仲だったりする。ちなみに各居住区にも認証エリアがあって、そこも同じ役割を果たしているらしい。
 どういう仕組みになっているかは判らないが、ここに各国から発行された冒険者登録証───まあ言わば、身分証明書みたいなもんだ───を認証させて、戦闘不能など、自力で行動できないほど身体を痛めつけられた際や、デジョンなんかの空間移動魔法で、身体を転送させる座標を指定することが出来るのだ。
 戦闘不能時に掛かる強制転送におけるメリットは、そのまま放置され続けてモンスターの餌にならず、ついでにアイテムもそのまま回収できるので、物盗りの心配もなく態勢を立て直すことが出来ること。
 デメリットは経験の損失。……こう書くとえらい抽象的だが、動けないほど衰弱しきった、死の寸前の身体を転送した上、衰弱期間無しで再構築させるには、色々と手間が掛かるから…と言うのが、一応の理由なんだそうだ。
 その結果、暫くの間運動能力が多少低下すると言うか、身体が鈍った状態になる。それは認定されたレベルが高い冒険者ほど損失が大きく、それはすなわち、対処能力の高さをも要求される証だ。
 その損失をカバーするために蘇生魔法──レイズや、自分に対して蘇生効果を得られるリレイズ(魔法だけじゃなく、呪符やエンチャント・アイテムにも込められるようになった。便利な時代だ)なんかも出回っているお陰で、身体の違和感や鈍りを最低限に抑える術もあるにはあるが、それがゼロになることはない。
 特殊な力場や状況に於いては例外もあるらしいが、普段歩いて回るような場所は須らく原則の範囲内。
 そしてクランも俺も、I系統の蘇生魔法で得られる効果よりも、言葉に出来ないところでの喪失感が大きくなる程度には高いレベルなのだ。そろそろ更に高度な術式であるII系統の世話にならないと、勘を取り戻すまでの時間が随分必要になってしまう。
 でも何もせずに戻るよりはマシだ。だからつい口を挟んだ。
「テレポ代だッつって、シャールの奴に蘇生に依頼すりゃよかったろー、クラン。アイツ、レイズ使えるんだし……つぅかシャール、お前もお前だよ。それぐらいやってもバチあたらねぇぞ」
 そうでなくとも、あいつの物言いは不謹慎極まり無かったのに。
『わ、アルマイアおっかないなー。そんな怒らないでって。いいよって断って戻ったのはクランの方だし。……第一、冒険者の生死は基本的に自己責任じゃないか』
 それはそうだが。
 それにしたって、あんなに悪意の滲むシャールの声は少し異常だ。……と、思う。
 悪意だなんて考えたくもないんだが、冗談にしちゃ度が過ぎてる。
 けど、と口を開こうとした瞬間、黙っていたクランの声が端末から流れ込んできた。
『そうそう、アルたんが怒ることないんだよー? ッてことでさ、アットワ向かうから。待っててー!』
 復帰した、元通りの声であっさり言われてしまうと、こればかりはもう俺じゃあどうしようもない。
「判ったよ。どんなドジ踏んで雪塗れになったかぐらいは、後で聞かせろよ」
『はーい』
 クランの明るい声を聞いて、端末を少し遠ざけてから溜息をつく。
 「……そう言や、ちょっと前もこんなことしてたな」
 今日ついた溜息の数がやたらと印象に残るのも、だいぶどうかと思う。
 歩みを再開した矢先に飛び込んでくる、長いトンネルの終わりを示すような明るい光に、少しだけ目が眩んだ。



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