Affection-05 |
□side C ──クフィム島 時折響く雷鳴の中、遠くで冒険者たちの剣戟の音が響く。時に勝どきが、時に怒号と悲鳴が支配する土地。 華燭の都、ジュノ。その最下層に位置する港から繋がる、この離島・クフィム。 多くの謎を内包した痩せたここは、まるでそれを覆い隠すように、名を、腕を上げようとする駆け出しの冒険者たちでごった返している。 俺は相変わらず釣果が上がらないまま、ぼんやりと海釣りをしていた。 とりあえずアルマイアが怒ってたことに関しては、後でゆっくり聞いてみよう。 話をせっついてきたのに、あそこまできつい言葉を返してきたのは、それなりの理由がありそうだったから。 「…助けてくれ…!!」 餌のダンゴがふやけきる前に、と釣り針を引き上げた俺の耳に救援の叫びが届いた。 声が近い。釣り具を鞄にしまいこむと、声のした方角に向かって走り出す。 クフィムは、駆け出しの冒険者が腕を磨くにはもってこいの土地だ。 それは同時に、一番最初に冒険者をふるいにかける──淘汰する場所である意味を持つ。 冒険者が赴くどの土地だってそういう意味合いはあるけれど、そのふるいの存在を強く思い知らされるのはここだ。 異質の生態系、異形の魔法生物。そしてはじめて出くわす巨人族。天候のバランスで具現化されるエネルギーの塊・エレメンタル。 そのどれもが、この狭い島の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。安全地帯は皆無に等しいか ら、事故も多い。 だからこうやって、助けを求める声が響くのは珍しいことではなかった。 叫び声の主は、両手鎌を担いだ、おそらく暗黒騎士。彼を追うのは雷のエレメンタル。 「落ち着いて!今回復するから、こっちへ!」 叫んでどうにか、彼を自分の方へ誘導する。 駆け寄ってきた彼にケアルIVを詠唱すると、エレメンタルの軌道が変わって俺のほうに来た。 腰に挿しておいたブレスドハンマーを抜くと、自分が使える限りの強化魔法を掛ける。 「すみません…!魔法で敵を釣ろうとしたら、絡まれちまって…」 息も絶え絶えな声。ケアルで表面の傷は塞いだけど、彼の疲弊した表情が、先ほどまで瀕死だった事を物語っていた。 「大丈夫。あとは絡まれないように、気をつけてパーティと合流するんだよ」 「ありがとうございます!」 ここのエレメンタルなら、時間は掛かっても一人で倒せる。当座の傷は塞いだし、まだ夜じゃないからパーティに再合流させた方がいい。 遠くなっていく背中を横目に、俺はエレメンタルに向かってハンマーを打ち下ろした。 「つ…ッ」 打ち下ろした槌に感じる不確かな手ごたえと同時、バシン、と稲妻が走って、わずかな時間身体が動かなくなる。ショックスパイクだ。 ひるんだ俺の隙をつくように、クリスタルがこすれあうような硬い質感の音が、サンダガの詠唱を紡いでいく。 呪文を封じようとサイレスで追いかけるけれど、間に合うか微妙だ。 詠唱完了直後に、周辺の空気が一瞬だけ変わる。魔力の磁場に包まれて、きつい雷撃が落ちてきた。 発動を止めるのには間に合わなかったけど、風の流れを歪める魔法の効果は発動したらしい。 一瞬だけ息が詰まる。貫くような痛みと、服の繊維がわずかに焦げる嫌な臭いに、思わず顔が歪んだ。 自分へケアルをかけるともう一度、槌を振り下ろす。帯電した身体から放出される衝撃に、手がびりびりと痺れた。 「ちくしょう…」 もどかしかった。 自衛のための、わずかな攻撃力しか持ち合わせていない白魔道士はこういう時、非常に不便だ。 ──こんなとき、俺じゃなかったら。 死の恐怖とはまた違うものが心の隅から侵食してきそうで、知らずに鼓動が跳ね上がった。視界が、嫌な歪み方をする。 頭を振って、湧き上がってきた思いを無理やり閉じ込めると、もう一度、槌を強く握り締めた。 今はとにかく、こいつを倒さなければ。余計なことを考えてたら、足元を掬われることだってあるんだから。 □side A ──タロンギ峡谷 ジュノ界隈で冒険者が不定期に行っている『テレポ・サービス』。 いわゆる小遣い稼ぎの手段だが、短時間で目的の土地へ着くのに重宝されるようで、いまやすっかり交通手段の一つとして確立されている。 クランを見送ったあと、何とはなしにアットワでもいこうと思い立ち、テレポ屋を捕まえて移動させてもらったはいいものの、まんまと転移酔いした俺は思わずその場にしゃがみこんでしまった。 空間転移──テレポやデジョン、エスケプの魔法で運ばれる前後の、独特の浮遊感。俺はこいつが昔から苦手だ。 転移魔法なんか何度も掛けられたり、時には自分も使ったりするのにも関わらず、俺は未だに転移酔いとの縁が切れないでいる。 突然へたり込んだ俺に驚いたのか、運んでくれた白魔道士が心配そうに覗き込んできた。 「あ…あのぅ、大丈夫です?」 「…あー…大丈夫、です。すんません、俺転移酔いするんで…。今、金払いますわ」 少しでも身体を動かそうもんなら、更に酔いが深刻になる。 失礼なことは百も承知だが、声だけで何とか返答させてもらった。 「ああ、じゃあお金は後で…そうだ、町に戻ったときにでも。今はゆっくり休んでください」 意外な言葉のすぐ後、鞄を探る音と、何かを書き付ける音。 しゃがみこんだ俺の視界の隅に、メモが遠慮がちに差し出されていて。 「あ…」 「料金はこちらに送ってくださればいいですから。ご無理なさらずに」 「…ありがとう」 収まってきた酔いを無理やり押し込め、顔を上げて礼を告げる。 デジョンの詠唱を開始した魔道士は俺に手を振って、そのまま紫の渦とともに消えてしまった。 「踏み倒されたらどうする気なんだろ…」 当然そんなことはしないが。 とりあえず、と気を取り直して、俺はシャクラミへと足を進めた。 ■ Back ■ Return ■ Next ■ |