Affection-04 |
□side A ──ジュノ・居住区 「ヒューム、ねぇ。」 「うン…。やっぱ、俺タルタルだからさ、どうしてもそういう対象には見えない、だろうし。」 こういった悩みを、聞いてこなかったといえば嘘になる。 クラン以外の、タルタル族の友人から何度か愚痴交じりの相談を受けたことがあった。 種族の特徴である小柄さや、俺たちから見て「幼い」容姿のせいもあって、どうしても異種族間との恋愛には発展しにくい傾向がある、と。 どうしたってこの見かけのせいで、子供扱いされたり、眼中にも入れてもらえない、らしい。 …確かにそうだろう。横に並べば恋人同士というより親子のように見えなくもない。 体面を気にしたり、容姿を重要視する連中からしたら、まず恋愛ごとの相手にはしないだろう。 「まあ、その辺に拘って、お前のこと見もしないような相手なら、どっちにしろその程度なんじゃねえ?…それともお前、見た目だけで寄ってくるような頭の軽い女がいいのかよ?」 別にこいつが惚れた女が、そういう女だって言いたいわけじゃなかった。ただ、その諦めたような笑顔が妙に、俺の神経を刺激する。 俺は何か返そうと、口を開きかけたクランを睨み付けると、まくし立てた。 「そもそもなあ、んな諦めたようなツラして笑うぐらいなら、最初っから……惚れたけど、俺タルタルだし、しょうがないよねーなんて言うな」 「ま、待ってよ、アル…」 強い語気に気おされたような、制止の声。それさえも、俺の苛立ちを加速させる。どこかおかしいけれど、止まらなかった。 そもそもなんでこんなにイライラしてるんだ、俺は。 「待っても待たなくっても、俺が思うことが早々変わるわけでもねえけどな。ただ綺麗なもん眺めて、いいなーって言うだけだったら」 ──そうだ、その程度の感情だったんなら。 苛立ちに押し出されるまま、口を開く。放った語気は自分が思っていたよりも強いもので。 「──とっとと、忘れちまえ。そんなもん…!」 「アル…!」 クランの顔が歪む。泣き出すようなそれではなく、ただ困惑と、強い言葉にかすかに怯えたような色が目に移った。 しん、と静まり返った室内。薪が爆ぜる音だけが時折、張り詰めた空気を震わせる。 「……アル、…ごめん」 沈黙を破ったのは、クランの方だった。 「言い方が悪かった。確かに、アルが言う事も、解るよ。」 宥めるような声。どこか、怯えたような表情のまま、それでも笑顔を作るクラン。 俺はため息をつくと、冷めかけた紅茶をすすった。湧き上がりっぱなしの苛立ちを無理やりにでも諌めるために。 「確かに、憧れもいっぱいあるんだ。俺に持ってないものをいっぱい持ってるから、その人。」 「……」 「でもね、手に入るとか入らないとか、そういう気持ちより、その人がいることがまず、俺には嬉しいんだよ」 子供みたいな顔で、妙に大人びた笑顔を向けてくる。酷くアンバランスな表情につられるように、気持ちが凪いで行く。 「だからさ、その…とりあえず、見守って、時々愚痴とかノロケとか聞いてくれよー。」 むしろ自分が人を好きになれたことも、嬉しいんだ。なんて小声で付け加えてくる。 忘れてた…こいつはへんなトコ、無欲すぎるぐらい、無欲なんだ。手に入らないから見てるだけでいいとか、そういうもんじゃない。 ただ、そこに大切な人や、ものが存在している事実だけでも、十分すぎるぐらい幸せだと。 俺からしたら、ただの詭弁にしか思えないようなことを、こいつが言うと、それが本気の言葉に思えるから、不思議だ。 紛れも無い本音だからなのだろうけれど。 だから、俺は──。 「……アル?」 呆けたように奴を見つめていた俺の顔を覗き込むように、クランが首を傾げる。その声に我に返って、わしゃわしゃと髪を撫でてやった。 戸惑いながら肩を竦めて、照れくさそうに笑う。その表情と、金の髪の手触りが、酷く心地よくて。 「わーったわーった。いつも通りにいくらでも泣きつかせてやるよ」 知らずに笑みがこぼれる。初めににこごっていた寂しさやら、湧き上がっていた苛立ちやらは、いつの間にかなくなっていた。 ほんの少しの羨望、憧れ。そんなものに掻き消されて。 □side C ──クフィム島 アルの部屋でひとしきり、お茶を飲みながら話をした後。俺はクフィムで釣りをすることにした。 ちょうど満月だったのもあったし、少し一人でぼんやりしたかったから。 使い込んだミスラ式の釣竿を取り出すと、いつものようにイワシダンゴをくっつけて、海面に放り投げる。 とぷん、と海水を叩く音のあと、釣り餌を付けた針が飲み込まれていく。わずかに広がる波紋は、ゆるく寄せては返す波に消されていった。 水の動きを眺めては、ぼんやりと、さっきのやり取りを思い返す。 何せ本当に久しぶりに、恋愛感情なんか湧き上がってきたわけで。 よかった、俺もまだ、人を好きになれるような感受性は残ってたんだ!……なんて、妙にはしゃいじゃったまま、勢いで話し掛けてしまったわけだし。 アルの様子やら状況やらをまったくもって無視してしまったのは反省しないといけない。 「あ、そういえば謝るの忘れてたや…」 誰に言うでもなく、ため息と一緒に独り言が漏れた。 ──ただ綺麗なもん眺めて、いいなーって言うだけだったら、とっとと忘れちまえ、そんなもん 物凄い目つきで俺を睨んで、そう吐き捨てたアルを思い出す。 怖いぐらいの語気と、表情。けど、声だけは妙な熱を抱えてて、もどかしそうだった。 あんなに冷静さを欠いたアルは、しばらく見ていない気がする。 何であんなに、怒ったんだろう。 確かに、愚痴っぽい言い回しをしてしまったから、それが酷くアルを苛立たせてしまったのは、なんとなく解る。 いつもベクトルを常に前に、先にと向けながら、自分や仲間のことを考えている人だから、コンプレックスを垂れ流しにするような言動が鼻につきやすいのだろう。 でも、あそこまで言われるとは思わなくて、こっちは怒るとかそういう気持ちが沸き起こる前に、驚いてしまったけど。 それだけ、俺のことを大事に思ってくれてるんだろうなあ、なんて少し自惚れてみたりはするけど、それにしたって怒りすぎじゃないかってぐらい、怒ってたのは少し気がかりだった。 まさか誰かに振られたばっかりだった、とか。…いや、それはいくらなんでも子供ッぽすぎるか。 ここ暫く浮いた話とかしてなかったし、状況的にそれは無し。 アルは惚れた腫れたの話になると、逐一俺に言ってくるからその辺は筒抜けなのだ。 だから、俺も一番に報告しただけなのに。 「一緒に、喜んでほしかっただけなんだけどなあ…」 思わず苦笑が浮かぶ。 ため息まで漏れた。 せっかくの満月なのに、釣り糸はぴくりとも動かない。 ■ Back ■ Return ■ Next ■ |