Affection-03
□side C ──ジュノ・居住区


「…返事、無いなあ…」
 居住区の、アルの部屋に続くドアの前で、俺はぼんやり立ち尽くしていた。
 あの後上層に抜けて競売に駆け込んで、ちょっと奮発、とロイヤルティーとセルビナミルク、バブルチョコをダースで買い込んできたのに。
 …それとも、待たせすぎて寝ちゃったんだろうか。なんか元気なさそうだったし。
 3回目のノック。今度は大きめに。名前も呼んでみよう。
「あーるーたーん!」
 少ししてから、どさっ、ばたばた、がさがさ。部屋の奥から物音が聞こえてきた。…やっぱり寝てたんだな。
 待たせた俺も俺だけど、明らかに俺が待ってる時間の方が長い、気がする。バブルチョコ代ぐらいは請求しちゃろう。
 うン、と一人で頷く。ドアが勢いよく開くと、はるか上方にアルの顔。すまなさそうな視線が降って来た。
「ワリ、寝てたわ。」
「これ以上ないぐらい解りやすい。…毛先がへにょってるヨ、アルたん」
「…だからたんって言うな」
 チョコボの羽みたいに立てた前髪のへにょり具合を指摘してやると、いつもの調子で言い返してくる。
 さっき元気なさそうだったけど、気のせいだったのかな。やっぱりいきなり過ぎたんで、びっくりさせただけかな。
 色々ぐるぐる考えたけれど、声には出してないから当然、答えなんか返ってこない。
「まあ、とりあえず入れよ。」
 部屋の借主の声に、お邪魔しまーす、と返しながら、俺はドアをくぐった。

 相変わらず、小奇麗なんだけど妙に殺風景な部屋。
 エルヴァーンは傾向として清貧を好むっていうけど、それが他国を渡り歩く冒険者でも、ここジュノのレンタルハウスの中でもそう、なのだろうか。
 据え付けられた家具のほかには、それこそ旅に必要なものだけがきちんと整頓されておかれていて、生活の匂いみたいなものがちっともしない。
 世話好きなモーグリが掃除をこまめにしてくれてるから、っていうだけじゃない感じだった。
 なんだか、適温に調整されているはずの部屋が少しだけ寒々しい。
 アルマイアにお土産を渡して、簡易なテーブルの横、スツールの上に腰掛けて待ちながら、俺はしみじみと自分のレンタルハウスとの様子の違いを観察していた。
 どうでもいいことだけど、俺の部屋はすこぶる汚い。魔術書やら錬金術の本やらがいっつも手に取れるところに置かれてるから、
 モーグリがいくら頑張っても、こんなに整頓された試しがないのだ。良くも悪くも、俺とアルはそんなところまで対照的だった。
 お土産に渡した紅茶のいい匂いが、部屋の中にほんわりと漂う。アルが紅茶とチョコを持って戻ってきたので、俺は視線を戻した。
「おー、おいしそー!…俺に感謝してね、アルたん。」
「…恩着せがましいやっちゃなー。ンなこというならお前はチョコ食うなよ?」
 片方の眉だけ跳ね上げて、にやっと音が聞こえてきそうな笑顔。
 嘘ですごめんなさい、俺も食べたいです、とかあわてて付け足して、ありがたく紅茶の入ったカップを受け取る。
「いただきまーす♪」
「ハイドーゾ、おもたせですが。」
 熱々の紅茶にミルクを多めに入れて、ふうふう冷ましながら一口。ミルクのせいで少しだけ甘くなった紅茶が、喉に気持ちいい。
 遠慮なくバブルチョコにも手を伸ばすと、ぽいっと口に放り込んだ。後味に濃くて甘苦い味が合わさる。我ながらベストチョイス。
 パイはレベルあげで食べ飽きてるし、紅茶なんか普段そうそう飲まないし。
 気の置けない友人と、だらだら過ごす時には最高の組み合わせだと思う。
「…ンで、その好きな人ッて?」
 テーブルの上の皿に盛り付けられたバブルチョコをもうひとつ摘むと、唐突にアルが話を振ってきた。
「でっ、待ってよ、俺にも話をする心の準備って奴がねえ…」
「お前いつだって、お構いなしにぱっぱか話してたじゃんかよ。」
「そうだけど…」
 そこまでいうと、言葉が詰まった。やっぱりどっかアルの様子がおかしい。いつもの軽口なのに、どっか声が重たい。


□side A ──ジュノ・居住区


「でもさ、アル。」
 話を急かす俺を押しとどめるように、静かな声。いつものふざけた呼び方ではないことが、軽口の 応酬を終わらせる合図のようにも思えた。
 俺は口をつぐんで、クランの言葉を待つ。どこか伺うような視線が向けられるのが、解る。
「俺は浮かれてるけど、アルが浮かれてない。」
 ああ、やっぱり。
 こいつは魔道士なんか生業にしてるせいか、酷く勘がいい。勘というか、洞察力みたいな奴が長けてるんだと思う。
 対する俺は、もっぱら体を張る前衛職が好きだからなのか、取り繕いやうそなんかが特に下手だ。
 前衛職がことごとく俺みたいな人種ってわけでもないが、そういった性格によるジョブ選択の傾向って絶対ある、気がする。
 まあ種族による適性みたいなもんもあるが。
「いや、ちっと寝不足でな。…まあ驚いたってのが正直なトコだ。お前今まで浮いた話とかろくにしてこなかっただろ?」
 寝不足ってのはあながち嘘でもない。それに、こんな掴み所のない感情の内訳なんかさらした所でどうにもならないから、俺は話を促した。
「そりゃー、俺はアルと違ってモテませんからー。」
 ぶー、と頬を膨らませての反論が返ってくる。これでも俺より年上のはずなんだが。
「あーもー、そりゃいいから話、話。」
「あッ、なんか流された!」
「あーのーなー…」
 ここで色々話題を撒き散らされると、収拾がつかなくなりそうだ。
 ついでにこいつのノロケ話の詳細を聞く前に、俺の話にすり替えられちまいそうでも、ある。
 それは正直カンベンなので、バブルチョコを口に含むと、もう一度目と態度で促すことにした。
 何かいいたげな視線が、紅茶の水面に落ちる。諦めたような小さなため息が波紋を作ると、一呼吸後にクランがようやく口を開いた。
「…ともあれ、そんな浮いた話の無い俺にもね、恋心って奴が芽生えたわけですよ。」
「おう」
「でもさー…その好きな人ってのがさー、異種族なんだよね。ヒュームなんだけど。」
 少しだけクランの耳先が下がる。視線は抱えたカップ、紅茶の水面に注がれたままだった。



BackReturnNext