Affection-02 |
□side A ──ジュノ・居住区 レンタルハウスの中へ入ると、人払いよろしくモーグリを栽培監視に行かせる。 相変わらずな殺風景な部屋の中をうろうろした後、マホガニーベッドへ腰を下ろしてもうひとつ、ため息をついた。 「好きな人、ねぇ…」 普段あまり吸わない、しけりかけたタバコに手を伸ばすと、一本銜えてひとりごちる。 あんまりにも唐突過ぎて、驚いた。それもあるが、どうも落ち着かない。 普通なら祝福なり、からかいなりの言葉を向けてやる場面なんだろうが、どうにも気分が横道に逸れたままで。 なんとなく、ずっと隣を歩いてた奴が急に消えたような気分……ああ、これか。素直に喜べないのは、どこかに寂しさを感じたからか。 なかば無理やり合点をいかせてから、銜えたタバコの先に火を点すと、紫煙を深く吸い込んだ。 多分、これから話をしにやってくるだろう。その前に少しでも、祝福したり、からかったりする心の準備をするために。 吐き出した紫煙と一緒に、俺の心に掛かったもやも胡散されるように、と。 クラン=カランと出逢ったのは、タロンギでだった。 当時、ミッションだか何かで三国を回ることになっていた俺は、バストゥークを回って一仕事終えた後、チョコボを駆ってウィンダスへと向かっていたのだ。 なれない土地をひとりでウロウロしていた俺は、峡谷の入り口の近くで血だらけになりながら戦っているちっこいのに、酷く驚かされた。 タルタル族を間近で見るのは初めてじゃなかったし、何度か一緒にパーティを組んだこともある。 けれど、悲鳴も上げず、敵に背を向ける事も無くひたすら槌を振るう姿が、どこか空恐ろしかったのかもしれない。 「おいボーズ、大丈夫か?!」 返事はない。やや遅れて、チュニックのフードを被った頭が大きく縦に動く。…どう考えても大丈夫じゃなさそうなんだが。 チョコボを降りてあわててケアルを詠唱する。当時の俺は戦士で、移動中はもっぱらサポートジョブに白魔道士をつけていた。 種族ゆえの魔力の少なさに辟易はしたけれど、回復魔法がないよりましだというのは嫌でも身に沁みていたから。 「やばかったら救援だせ、こんなトコで無駄死にしてもしょうがねえだろうがッ!」 それでも返事はない。装備してる武器からいくと、白魔道士っぽいんだが、魔法を詠唱する様子もない。 きっと魔力も尽きてるんだろう。仕方無しに、俺は数度ケアルを打ってから、モンスターの注意を俺にひきつけた。 …とはいえ、エルヴァーンの俺の魔力の絶対値なんかたかが知れてる。おまけにタルタル族の魔道士の攻撃力じゃ、戦闘も長引いちまう。 注意が逸れた一匹を俺が片付ける間に、最初に対峙していた奴をそいつが。 そして、最後に残ったヤグードをどうにか倒した後、チュニック姿の魔道士は武器を腰に収め、ばったりとその場に倒れこんでしまった。 「…おい、まさか毒でも喰らってたのか?」 解毒の魔法を詠唱しようとしたが、俺の魔力も底を尽きてる。──ああ、助け切れなかったか。 息があるか、しゃがんで覗き込もうとすると、そいつはごろりと仰向けになって 「やー、ありがとうでっかい人!助かったよー!」 …やたら元気のいい声で、俺に礼を寄越してきた。その声と、それに見合った明るい笑顔が血塗れ泥まみれで、その差がやけに痛々しい。 歯がゆさやら何やらで思わず顔をゆがめると、肩を落としてため息をつく。 「…とりあえずホレ、無茶しねえで救援だすことぐらい覚えろよ」 「あー、まあそうなんだけど…意地って奴だね、男の意地」 「意地張って死んだって、誰も褒めちゃくれねーぜ。魔道士なんだし、生き残る術って奴をもっと身につけないとだなあ…」 思わずくどくどと説教しちまった。が、聞いてるんだか聞いてないんだか。うんうんとかいいながら、こびりついた泥や血糊をふき取りながら頷くばかりで。 「…とにかく、生きてて良かったぜ。旅先でいきなり死体とご対面ってのも、ちょっと幸先…」 「そうだねー、兄さんありがとう!名前は?俺、クラン=カラン!」 「いや…お前聞いてたか?俺の話…」 半ばあっけに取られながら、名前を名乗りあって。それからちょくちょくと、一緒に行動するようになった。 もう何年前の話だろうか。 その間に俺は忍者にジョブを変えて、あいつはのんびりと白魔道士をやっていて。 面倒なクエストやら、切実な金策やら、お互いの修練やらには、必ずといっていいほど隣にいるような日々が、ずっと続いていた。 かといって、それ以外の時間まで四六時中一緒に居たわけでもないから、お互いの状況を事細かに理解しているわけでもなかったけれど。 仲間が増えたり、冒険者世界から居なくなったり。俺たちが強くなって時が経つほど、変わってくる環境。 それでも変わって来なかった俺たちの関係のバランスみたいなものが、そいつが惚れた女が絡んでくることで、変わっていく気がするのが、どこか寂しく思えて。 今まで仲間が増えても変わらなかったんだから、変わるわけもない、とも思いもするんだが。 そもそも奴の片思いなんだから、今後一緒に行動するようなことがあるかも判らないわけで…。 だというのに、俺はすっかりこの靄の中にハマりこんでいた。 「勝手なんだろうなあ、俺が」 そう、勝手に寂しがっているだけだ。つまらない、女々しい感傷。理解してても収まりがつかないあたり、まだまだ子供だ。 俺は殆ど灰だけになってしまったタバコを灰皿に捨てると、ベッドに転がって天井を仰いだ。 吐き出した紫煙がうっすら、天井付近に留まっている気がした。 ■ Back ■ Return ■ Next ■ |