Affection-01
□side A ──ジュノ上層


 ジュノで競売を眺めていると、なじみのある声が聞こえてきた。冒険者間で主に使われる個人通信って奴だ。
 端末をそいつ宛に合わせて、俺は競売のカウンターの端に寄った。
「どうしたんだよ、またなんかあったのか?」
「ああ、アルたん居た〜、聞いてくれよ〜。」
「…たん呼ばわりをやめたら聞いてやる。」
 コイツはよく俺に愚痴をこぼす。リンクシェルのメンバー宛にはそんなに愚痴愚痴言わないんだが、昔馴染みにはぽろぽろと弱みをこぼしたくなるらしい。聞いてて不快にはならないから、多分伝え方がうまいんだろうと思う。
「…で、今度の愚痴はいったいなんだ?」
 俺は長い耳にかけた端末のピアスをいじりながら、たずねかえす。
 返ってきた言葉は、ソレはソレは意外なもので
「俺さ、すきなひとが出来たんだ!」
 思わず競売に誤入札しかけるほど、動揺した。まじかよ。
 呟く間もなく、奴──クラン=カランが言葉を続ける。少年の色を残した、心地よい高さの声。年経ても容姿の変化に乏しい、タルタル族独特のトーン。
「んでさ、その人がまた綺麗で可愛くって…もうね〜…」
 ああ、とかうん、とか生返事を繰り返していたように思う。ノロケなのか恋愛相談なのかわからない内容をこぼしていたあいつも、しまいにはだんだんと口数を減らしていった。
「…どうかした?忙しいんなら悪かったけど、だいじょぶか?それとも、気ぃ悪くした、とか…」
 挙句、こんなことまで言われる始末だ。
「いいや、ちょっと競売前、うるさくってな。居住区行くから、続きはあとで」
 早口でそう伝えて。
 あいつに聞こえないように、端末を遠ざけてため息をひとつつくと、俺は居住区へと足を向けた。


□side C ──ル・ルデの庭


「クラン?」
「わぎゃぅ!」
 アルマイアとの通信が途絶えた後、不意に背後から名前を呼ばれて、俺は思わず奇声を上げてしまった。
 長い耳がぴんぴん上を向くのが自分でも解る。
 無駄にリアクションが大きいからってよくいじめられるから、実はこの癖が嫌いなのに。
「…そんなにでかい声出さなくってもいいじゃない。笑われてるよ?」
 苦笑いで俺を見下ろしてきたのは、同じリンクシェルの赤魔道士・シャール。
 短めの金の髪を、シャポーで隠してくすくす笑う仕草はどっか品がある。だからなのか、種族問わず女性にもてるらしく、いつも浮いた話が絶えない。けど、LS一のいじめっ子だ。
 じっと見てたら、俺の背の高さに合わせてしゃがみこんで、頭を撫でてきた。くすぐったくて思わず首をすくめる。
「シャールがびびらせ過ぎなん…」
 小さな声で反論すると、ことさらに形のいい笑顔が深まる。意地悪そうな表情。
「クランがボーっと突っ立ってるから、またどっかで落し物でもしたのかと思ってさ。…どうかした?」
 言葉が終わりのほうに近づくごとに、顔が寄ってくる。
「ゃっ、どーもしてないッ」
「ふーん…?」
 明らかに遊ばれてる。窮鼠猫を噛むって、東か何処かの国の諺はあるけど、俺はあいにくネズミにはなれなかった。
じわじわ逃げてたけど、壁が邪魔で逃げ切れなくってその直後。

ぬるり。

「ぁわsfごいhうぇ;fgj@ぽ!!!???」
 鼻先に、妙な感触。…シャールの舌が、いたずら成功、とでも言いたげに出てる。…なめられた!
 くっそう、ってかああもう、ぁー。ようやく事態を把握すると、恥ずかしさと悔しさで顔から頭に血が昇って行く。
 多分俺、いま凄い赤くなってんだろうなあ。こういうとき、ポーカーフェイスの出来る人が心底羨ましい。
「てかそういう悪戯は、キャーキャー騒いでる取り巻き相手にしろよッ!」
「…慌てる様を見るのが楽しいンじゃん。クランみたいにさ?」
 平然とうそぶきやがって。
「ぅー、よだれくさい…」
 悔しいから、目の前にあるアーティファクトのふわふわしたタイを引っつかんで、顔を思いっきり拭いてやった。ざまみろ。
「あー!…ひ、酷い…これナプキンじゃないのにぃ…」
 芝居がかったオーバーアクション。さめざめと泣き真似するシャールの隙をついて。
「形はそっくりじゃん。首長いからタイも長めだしな!」
 ベーッと舌を出すととんずら発動。俺は全速力でル・ルデの庭を駆けた。
「サポシかこの臼ー!」
 シャールの叫び声なんか気にしない。居住区に行くって言ってたアルマイアの言葉を思い出して、俺はエレベーターのボタンに手をかけた。
 ちょっとらしくないアルの反応が、気になったから。あいつの好きなお菓子でも土産に、たずねてみようなんて考えて。



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