Affection-07
□side C ──ジュノ・居住区


 だるい。
 ル・ルデの庭に身体を強制転送させた瞬間、襲ってきたのは強烈な眩暈だった。
 いつもなら軽くいなせるようなものだし、損失した力と引き換えに身体の組成もちゃんと出来てる。体力も魔力も充実しているんだから、こんな眩暈なんかなんて事無い筈なのに。
 足がもつれそうになるのを堪えてボタンを押して、エレベーターを呼ぶ。へたり込むのは自分の部屋についてからだ、って何度も言い聞かせて、無駄に長い廊下を歩いた。
 そう遠くないはずの部屋が遠く感じて、つらい。
 居住区につくと、相変わらずのごちゃついた部屋の中でモーグリがせっせと片付けをしている。
「あっ、ご主人様、おかえりなさいクポ〜」
「ただいま、……あ、サポを黒にかえるから、ちょっと手伝ってくれる?」
 のんびりした声にちょっとばかり和みながら、冴えない釣果を渡す。
 ついでに装備も少し交換して、鏡の前で着替えをして……サポートジョブの設定を黒魔道士にして、一息。
「ご主人様、ちょっと顔色が悪いクポ。少し休んでから出かけた方がいいクポよ〜」
「や、人待たせてるし……大丈夫だよ、ちょっとの眩暈だから、すぐ収まると思う」
 さすが、お世話大好き獣人。付き合いの長さを差し引いたとしても、ちょっとした変化にもとっても敏感でいつも驚かされる。
 たまに忘れ物を指摘されちゃったりするもんだから、主人としてはちょっとかっこがつかなかったりもするけど。
 個体差もあるらしいから、世話好きで、しかも整理整頓も上手なモーグリに当たって心底よかったと思う。
「それじゃあ、いってくるね」
「……行ってらっしゃいクポ〜…」
 心配なのか、モーグリの見送りの声がちょっと暗い。鏡越しに見た自分の顔色を思い起こせば、まあ無理もないけど。正直自分でも引くぐらい顔色がない。
 少しだけ収まって来た眩暈にそっと安堵して、モグハウスを出ようと扉に手を掛ける。
 息を吸って、吐いて。
 大丈夫、って自分に言い聞かせて俺は廊下に踏み出した。

 出たはいいけど、相変わらず調子はよくない。テレポでシャールを送ったらすぐに戻ろう、と今後の予定を勝手に決めながら、待ち合わせ場所のエレベーター前へ向かった。
 リンクシェルが静かになってたのも、こういうときは都合がいい。
「クラン?」
「───ッ、……シャー、ル…?」
 唐突に背後からかかる声に驚いて、驚いたけどゆっくり振り返る。赤と黒、それから縁に金の細工がしてある、シャールのいつも履いているブーツが目に入った。
 どうしたの、って訊かれた声に顔を上げる。上げるのもしんどい。……どうしちゃったんだろう。俺が聞きたいよ。
 もしかして、釣りをしてる間に風邪でも引いたかな、なんて思いながら、少し遅れて顔を上げると、いつの間にか廊下の灯りを背負うようにして、目の前にシャールの顔があって驚く。
「どうしたの」
 穏やかなような、抑揚がないような。もう一回聞いてきたシャールの表情が、逆光で読めない。
 薄い唇の端が引きあがる。
「つらそうだね?」
 平気、と言おうとした声が一瞬痞えて、眩暈を堪えて頭を振る。
「本当に平気?」
「……平気…。それより、早くいこー…っ?!」
 言った瞬間、ひょい、と視界の高さが変わる。目の前には随分と低くなった廊下の絨毯と、シャールの着ているワーロックタバードの肩口。……それから、細くて長い、色白の耳。
 慣れなさ過ぎる高さの視界がやっぱり眩暈で揺らいでて、僅かな振動と足音と一緒にどんどん遠ざかる。
 ああ、いつもなら、やだやめろーって言って暴れるところなのに、それもままならないぐらい、身体が重い。
 今日ばっかりはシャールのこの悪戯にも甘えてしまおう、と思って身体から余計な力を抜いて、重みを預けると、すぐ近くでクス、と笑う声がする。
「やっぱり調子良くないみたいだね。………■■■」
 宥めるような優しい声が口にした名前を聞いた瞬間、指先がすうっと冷えた。
 何か言おうとしたはずの、そうだ、やっぱり調子よくないから送ったらすぐ帰る、って言いたかったはずの唇が動かない。
 それに。
 何で、今、その名前を。
 何が言いたいのか判らないぐらい頭が働かなくなって、俺はシャールに担がれたまま居住区を後にした。



BackReturnNext