愛しき日々-06 |
かぁ、と肌が熱くなるのを自覚した頃には、アーチャーの顔が穏やかな笑顔から、驚きに変わっていた。 どうした、と近い距離のまま問いかけてくる額に頭突きのひとつでもしてやりたいが、そこはぎりぎり踏みとどまって、懸命に反撃のための言葉を探す。 ばかじゃねーの、なにいってんだオマエ。 嫌とかそういうんじゃなくて、何ヘンなスイッチ入ってんだよ。 そんな風って、ガキだからってことかよ。 じゃあガキの方がオマエにとっては扱いやすいってことか。 気付けもしなかったくせに、解ったら解ったでなんだその態度。 「……ッ…、……」 そこまで思い至った瞬間に、ヒク、と咽喉が引き攣った。 そうだよ、そういうことだよな。じゃあ普段はそれなりに、面倒だったってワケか。 いや、断っとくがお前だってかなり面倒だぞ。むしろお前の方が面倒なんだぞアーチャー。 ───判らなかった、くせに? 少し冷静になれば当たり前のことだ。 この姿でも判るだろう、なんてのはいくらなんでも期待過剰だ。 そもそも基本が朴念仁のこの男に、そういった洞察力の類を期待する方が間違っている訳で。 だからそこで引っかかること自体が、まずおかしい筈だった。 普段ならいい感じにクールダウンできるぐらいの間もあったはずなのに、巧く言葉にならずに篭り続ける言葉に、どんどん感情を焚き付けられていく。 おかしい、明らかに普通の状態じゃない。 何よりおかしいのは、感情の制御が出来ていない自覚があって尚且つ、制御できない気持ちがぐるぐると回って、頭に血を上らせるばっかりって言う状況だった。 「……ランサー?」 「だったら、好きにしたらいーだろ」 「……は?」 「メンドーのかかんねー俺相手に、好き勝手したきゃしろって話だよ!」 頭ン中をぐらぐら揺さぶる思考が纏まらないまま言葉を発すると、なるほど、ここまでワケのわからねーもんになるのか。 自分で言ったはずの言葉なのに、正直言って意味がわかんねぇ。 ……しかも、それなりに頭に血が上り倒していた状況で、口を噤むことなんぞできるわけもない。 堰を切った感情の流れっていうのは面白いもんで、一旦流れ出すと今度は止めるのが困難になるもんだ。 「ちょっと待てランサー、君の言っている意味が解らんぞ」 そりゃそうだろうよ、俺だってわかんねえよ。 どこかで冷静に突っ込みを入れる俺の傍で、口から出る言葉は当然、そこから遥か遠くかけ離れたもんで。 「オマエよかタッパも力も明らかに足りなくなって、ちーさくなってようやく扱いやすくなるってか! よーく解ったよオマエの気持ちはよ!」 「いや、だからそれは言葉のあやでだな……、兎に角、落ち着いてくれ」 物の喩えと言うか、まあ、それはそれだ。それぐらいは判ってる。別にガキだからってワケじゃねぇんだろう。そうだよ、素直だったからって言ってたじゃねぇか。 でも。 「……ランサー…?」 ああ、なんか、視界がぼんやりしてきた。 アーチャーの困った顔が、ぎょっとした顔になったところで視界がより強く霞む。そう言えば、今日はスゲエこんな顔させてる気がする。いつも以上に。 声が巧く出なくなって、興奮して荒くなった呼気が咽喉に詰まる。 「俺のこと、わかんなかったくせに!!」 そこまで叫んだところで、ひぐ、ってしゃくりあげる音に負けて、声が続かなくなった。 目尻と頬がぼんやり熱くなって、つんとし通しだった鼻の奥まで熱が広がる。 潤んでぼやけた視界がますます酷くなって、頬が濡れていく感触にようやく、自分がどんな顔をしているのか理解した。 「……ランサー……、…」 「………ッ…、ひ…、……」 目の前には、白い眉を下げられるだけ下げた、弱りきった男の顔。 おっかなびっくり伸びてくる褐色の指が、止めようもない涙を一生懸命掬ってくる。 お世辞にも器用とはいえない手つきにむずがって首を横に振っても、頑として譲らない動きで、何度も何度も、頬を、目尻を、顎先を拭う。言葉ではない謝罪を繰り返すようなそれをもらっても、しゃくりあげる呼気はちっとも収まらなかった。 「……わかン、なかった…、くせに…、…ぃ……」 「……そうだな」 「…ンで、やさし、く……、すン…だよ、ぅ…、………」 「……すまない…」 子供の理不尽な物言いに(まったくだ)、そうだな、すまない、と何度も繰り返して、掌が濡れるまで涙を掬い続けたアーチャーは、鼻を啜り始めた俺の鼻先にティッシュまで持ってくる細やかさを発揮しながら、嗚咽交じりの文句にずっと耳を傾けて、相槌を打ってくれていた。 ■ Back ■ Return ■ Next ■ |