Cradle hollow-07
「………」
「……、…なん、だよ……」
 酷く辛そうな、こっちが痛みを感じずにいられないような顔つきのまま、アーチャーは言葉も無い。 こっちが問いかける声までつられて歯切れが悪くなって、変なところで引っかかる。
 その声で表情が動いたと思ったら、今度は眉根にぎゅっと皺が寄った。
「理不尽だとは、思わないのか」
 いや、そりゃ思ってますよ? けど思ったところで如何にもならねえもんなんだから、しょうがねえだろうが。
 思わず出かかる声を飲み込んで、もう少し穏便な空気を流せるような言葉を探す。空気を仕切りなおしたくなっているのは俺だけなのか、アーチャーの灰色はこっちに固定されたまま、動かない。
 少しでも神経を逆なでしねえように、口論に発展して、こいつの前でぼろなんぞ出さねぇように……普段ならそんなことは考えたくもねえし、そもそも、考えることすらねぇんだが。とりあえず俺の話でこいつがこれ以上、しんどそうな顔をするのは少し、居心地が悪い。
 隠し立てする必要はねえ、が、必要以上に喋る義理もねぇんだからな。
「……理不尽や不条理にゃ、生憎慣れっこなんでな。その状況を恨む事で覆せる訳でもねぇのに、そこに気持ちを向けても、無意味だろ?」
「……、君は……」
 しばらくの間をおいて告げた答えに、アーチャーの眉間の皺が少し緩んだ。その代わりに眉尻が下がって、ようやく視線が伏せられる。
 ふう、と、先に溜息をつかれてしまってますます、突き放したかったはずが逆効果になっているような、そんな悪循環にはまり込んでいる気分になる。こいつの性質を考えりゃ、ある種もう逃げ場もねぇんだろう。
「……君のそういう性質を、理解していない訳では、無いんだが」
 相互理解って奴ですか、と思わず突っ込みたくなるタイミングで降って来る声に、眉の高さが互い違いになる。
 それでも、と続く声から逃げたくなって、顔ごとアーチャーから逸らしてから、ほとんど茶の入っていない湯飲みを乾す。細かい茶葉が口に入って、それを流すには水気が頼りなくて、軽くむせた。
 声の続きが降って来る前に、俺の背中をアーチャーの掌が擦る。繰り返し繰り返し、酷く優しい手つきに、ますます居心地が悪くなる。
「…ワリ」
「……ランサー」
 咳込みが収まって、背を擦る掌の動きが止まる。その掌は離れないで、俺の背に置かれたままだった。
 膝でいざリ寄ってきたアーチャーは、詰めた距離を再び空けることもしないで、また真っ直ぐこちらを見ている。
 ああチクショウ、捕まったか。
「先ほど、君は……『飲食が必要になった』と、……そう言っていたな」
 咽る前の言葉の続きを待っていたんだが、少しばかり唐突な切り口に、目を丸くする。
「ぁあ……、まあ、言ったけどよ。それが、どうかしたか?」
「それなら、私がここに通って君の食事を作ろう。……外食ばかりでは色々と効率も悪かろうし、何より、釣り上げた魚の調理方法だって、君は私ほど心得ている訳でも無いからな」
 断定かよ! 否定はしねえけど。
 唐突な切り口から始まって、更に突飛な方向に飛んでいく話の展開に思わず、言葉を失う。
 目を丸くして呆然としているこっちを置いていく勢いで、アーチャーはどんどん饒舌になっていく。ちょっとちょっとアーチャーさん、こっち見ようぜ。頼むからリアクション探ってくれ。……それとも、オマエそれ判っててやってんのか? なんかテンション上がってねーか?!
「調理法や保存方法を間違えて、腹を壊すサーヴァントなぞ目も当てられん。挙句現代の食糧事情に明るくない君が、肉を食いたがってどこぞの小学校に鶏でも盗みに入ろうものなら、結果的に私のマスターに、管理者としての仕事が舞い込む破目にもなるし、」
 ちょっと待て、俺だって一応、食肉はどうしたら手に入るかぐらいは知ってるっつうの。
 抗議の視線を受け取る素振りも無く、アーチャーはまだまだ喋る。
「それに岸壁での釣りも、山に入ってのテント生活も、そもそも然るべき団体や個人に申請はしてあるのかね? 君が生きていた時代と違って、自然の恵みを思う様享受するには、色々と必要な手続きと言うものがあってだな……」
「判った、判ったよ!」
 たまりかねて叫びだしたところで、にや、と意地の悪い形で口角が引き上がった。……俺、コイツのこの笑顔、嫌いだ……。
「……ほう、何を判ったと言うのかな? 英雄殿」
 底意地の悪い、勝ちを確信したような笑顔を一転させて、爽やかなものに変えて首まで傾げてくる。こいつ絶対ヘンなスイッチ入ってる。あとテンションも結構上がってる。間違いねぇ。
「……要するに、兎に角ほっとけねぇ、ってことだろ………」
 それが義務感から生じたものだったら、お断りなんだが。
 増えるだけ増えた枝葉を全部切り飛ばして、根幹にあるものを口にする。余裕っぽく浮かべられていた、爽やかな笑顔の目許がうっすら、赤くなった。
「……そう言う事だ。君の在り方は時折、酷くオレを苛つかせてくれるからな」
「俺ぁ別に、オマエさんの神経を逆なでしたつもりはねぇんだけど……」
 それに、言ってしまえば悪くない提案ではある。並べ立てられた言葉の総てが、全くアテが外れたものではないわけだし。正直言えば、断るって選択肢を最初に思いつかなかったのも、確かだった。
「それでも、そう言う印象を抱かせてしまうものは仕方無かろう。ここはひとつ、古の英雄の度量の広さを、この出来損ないに教えてくれるべきではないかな、先輩?」
 ……常に一言多いのはこの際、目を瞑るとしても。
「……こうしなきゃいけないッてんじゃなくて、オマエが俺に対してそうしたいってンなら、だけどな」
「………何だ、それは」
 同情や義務感から出た言葉じゃねえなら、いいってことだよ。気付け、莫迦。
 怪訝そうな顔になって、ようやく空気を緩めたアーチャーの問いかけには、あいつがよくやるように、鼻で笑って肩を竦めて見せてやった。ささやかな仕返しだ。



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