Cradle hollow-06
「じゃあ、何だよ」
 出来るだけ、熱に引き摺られないように言葉を重ねる。大儀そうに後ろ手で身体を支えていた手を戻して、少しだけ身を乗り出した。それを見たアーチャーの口が開くのを、じっと見据える。
「………、……異常の原因と少なからず繋がっている可能性があるなら、知っておく必要があるだろう」
「異常?」
 異常だ、と頷くアーチャーが、蜜柑を脇に避けてテーブルに肘を突く。こちらに向く視線は相変わらず。籠っている熱が少しだけ表に出て、普段あまり表に出ないこいつの表情を鮮やかにしている。
 確かに、居る筈の無い連中まで混ざって延々と続いていくこの四日間を、正常とは言い難い。
 だからと言って、巻き戻り直前にいちいち痛い目に遭う事が、元凶に近い、と言うのは無理があるだろう。こいつだってこの四日間のからくりは、把握しているだろうに。
「……つったってよ、巻き戻る前は必ずああいう目に遭ってるって位で、他にコレってのもねーぞ」
「それに」
 俺の反論はむしろ受け流されて、アーチャーはまた言葉を続ける。
「…しつこいようだが、私の質問は同情から来るものではないが」
「判った、そこは理解したから、先続けろよ」
「…む…、………この状況との関連性は兎も角、……、…その。勝手だろうとなんだろうと、目の前でアレだけ苦しまれて、放って置ける訳が無いだろう。…第一、…か、回復しているかと思えば覇気も無いし、それでは張り合いが無い」
 楽園を脅かす甲斐も無いほど萎れているぞ、と、ふん、と鼻を鳴らして無愛想な形に唇が引き結ばれる。最後に行くに従って早口になるあたり、嘘がつけない性格だよなぁ、と益体も無いことを思う。
「……要するに、何事かって心配だった訳か」
「…っ!!」
 はく、と唇が一旦開いて、何か言い掛けようとしたアーチャーがそのまま唇を閉じた。だいぶ長い沈黙を経ての咳払いの後、温くなった茶を一気に飲み干して、ついでに蜜柑も一気に半分ばかり齧って、咀嚼。ごく、と喉仏が上下して、深く息をついてから、こっちが注意しないと判らない位の浅い頷きが落ちた。
「まぁ、それはそれとして置いておくが」
 置いてくんかい。
 こっちのじっとりした抗議の視線を受け取ったアーチャーが、気まずそうに視線を泳がせる。
 まあイイから、と手振りで示して先を促すと、目礼の後にこっちを見て、唇を開く。
「……私が気になるのは、…その、君の覇気の無さだ。積極的に動く気が無いのは、何かしら考えが在っての事だろうとは思うのだが」
「…ん…、…まぁなぁ……」
「ただ、その…。もしかしたら、の推測の域を出ないのだが。……君は、四日目の夜に受けた苦痛を…完全に拭いきれないまま、蓄積させているのではないか、と」
 今度はこっちが驚く番だった。
 そう言うもんを繕える自信は有った方なんだが───と言うか、おくびにも出していないと思っていたんだが。
「……なんで、そう思ったんだ」
「何でって………」
 アーチャーの無愛想な顔に子供じみた困惑の表情が浮かんで、こっちの問いかけから逃げるように視線を逸らす。口許を隠すようにした手は、暫くそのままになっていた。
「なんかしら、根拠が有るンだろ。自慢の鷹の目で観察した結果って奴か?」
 首を傾いで何気なく向けた問いかけに、いちいち、困ったような怒っているような顔を向けて来るアーチャーの反応が、何だか可笑しい。
「……まぁ、そうなる…。って、べ、別にだな、覗きをしていたわけではないぞ。…しつこいようだが、周囲を観察している際に、君が節操無く何処にでも現れるから、自然と目に入って───」
「……判った、判ったから兎に角、落ち着け」
 こいつちょっと被害妄想のケでも有るんじゃねえのか、と不謹慎にも思ったのは蛇足として置いとくが。聞いてもいない言い訳を付与させる辺りの物言いが、何だかおかしくて、自然と顔が緩んだ。
 このまま和むのも良いンだが、それは話が進まねぇので、先を促す事にする。
「んで?」
「…いや、『んで?』ではないだろう、ランサー。……まずこちらの質問に答えるのが、先ではないかね」
「……ぉー…」
 そうでした。
 隠し通せて置けているものだと思っていたことを見抜かれちまったなら、今更隠し立てする必要もねぇ訳で、重たくしていた口を開く事にする。半分は意地だ、どうってことはねぇ。
「ま、さすが鷹の目ってとこか。ただ見えるだけじゃねぇンだな、お前さんの目。観察力ってか、洞察力もなかなかのもんだ」
「私は、君からの称賛が欲しくて質問をぶつけた訳では無いのだが」
 茶化した声を弾く物言いは少しばかり硬い。答えを欲しがって真っ直ぐ向かう灰に、きちんと視線を合わせてから、息をついて笑う。
「まぁ、お察しの通り、回復の度合いはまちまちだな。元々魔力の供給量が、かなりシビアな身の上だしよ」
「え───」
「ま、……それがまさか、リセットの後にも響くようなもんだとは、思わなかったけどなぁ。お陰で食い代飲み代は必要な身の上になっちまったし、…とは言え、それなりに楽しくは有るんだが」
 出来るだけ、軽い調子を選んで話したつもりだったが、アーチャーは目を瞠ったまま、声も無い。
 反応は大体予測出来なかった訳じゃねぇが……、何でそこで、当人よりも辛そうな顔してんだろうな、お前。



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