Cradle hollow-08
 アーチャーは翌日から早速、俺の部屋に通い始めることにしたらしい。
 らしい、と言うのは明確な宣言を貰ったわけではないからだ。
 それでも俺が釣りを終えて帰ろうとすると、計ったようなタイミングで港に現れるし、バイトが終わって裏口から店を出れば、裏口に面した路地に顔を出す。
 どちらも、人目につかない絶妙なタイミング。千里眼の無駄遣いって言わねぇか、それ。
 しかも片手には必ず食材か何かが入った、白いビニール袋を持って、だ。
 袋の大きさは、俺の部屋に据え付けられている冷蔵庫の容量とその中身に見合ったサイズで日々変化。
 ちなみに、一仕事終えてからの顔合わせではなく、背中合わせで釣り勝負──と言うか俺の邪魔──の後は、当然のような顔で新都の駅前なり、深山商店街なりに立ち寄るルートを選んで歩く。
 ソレに律儀に付き合うこともあれば、釣果や釣具を置く為に先に戻ることもある…が、そんな状況なもんだから、岬のテントはすっかり用を成さなくなってしまっていた。
 アレは始まる前から『張られている』ものなので、足を運べば必ずそこにある。ソレが所謂『お約束』だ。
 事実、小さなギルガメッシュから宛がわれた今の部屋に戻るのが億劫な時は十二分に有効活用していたし、今だって有って困ると言うコトはない。
「……んでも、ここ最近ご無沙汰だなー…」
「何がだね?」
 思わず零れた独り言に、熱心にキャベツを選んでいる最中のアーチャーが反応する。両手にひとつずつ、ぎっしり葉が重なっていそうなキャベツを載せている姿は何と言うか、とっても主夫だ。
「右」
「キャベツの話ではなかろう?」
「そうだけどさ」
 右手に持っていたキャベツを、備え付けの新聞紙に丁寧に包んで買い物カゴの中に入れてくる。今日はポトフだ、とか言ってる声が心なしか弾んでますよ、アーチャーさん。
 それなりに中身が重くなったカゴを片手、アーチャーの足は迷い無く精肉売り場に向かう。『お得用』だとか書かれたベーコンの真空パックをカゴに入れる、何やら満足げな横顔が目に入ってきた。
 ところで。
 上背のある野郎二人が、駅前のデパート地下の食品売り場をカート押しつつ歩いている絵面は、どうも傍目から見ると目を引くと言うか、目立つらしい。普段人目なんぞ気にしたことの無い俺でも、流石に判る。
 疑問なのは、より視線やら現代社会の事情やらに詳しそうなコイツが、何で全くそういった視線に頓着しねぇかってことなんだが。
「……オマエ、なんかやたら生き生きしてねぇ?」
「そんなことは無い。特売日だから機嫌が上向いているのは否定しないが」
 明らかにご機嫌じゃねぇかよ! 思いはするが言葉で突っ込む気にもなれん。
 まあそっちで頭いっぱいだったら、奇妙に人目を集めているこの状況も気になるどころか眼中になんざ入らねぇワケか。こいつの性格考えてみると、なんか納得だ。
 俺が呆れた顔をしていても、まったく気にしないで木目の印刷された豚肉のスチロールパックを手に取り、国産か、などと言っている。そんなに見てたらラップに穴開くぞアーチャー。
「で」
「ぁ? 何だよ」
「何がご無沙汰だと言うんだ?」
 横っちょに積まれた白いパックと見比べて、最初に手に取った木目のパック(多分高価なはずなんだが)をキャベツの脇に収めるのを確認してから、今度は俺が先導する形でアルコールの売り場に出向く。
「テント。お前さんが来てから、ずっとあっち行ってねぇから」
「……ふむ。土の匂いが遠いと落ち着かないかね? 野宿はあまり感心しないが」
 やはり獣か、とさらりと告げられる言葉に青筋を立てて怒鳴り返すほど、こいつを知らないつもりは無い。
 無いが、むしろそんな風に受け流せるようになった自分にも驚く。
 何度か四日目を越えて、もう一度戻って───ほぼ毎日こうして顔を合わせているせいで、慣れたんだか諦めたんだか。
「落ちつかねぇっつーか……まあ、ヘンな感じっちゃーそうだな……」
「なら、今日は部屋ではなく、そちらに行くか?」
 意外な提案に驚いている間に、アーチャーの手は背の高い六缶パックのビールをカゴに収めている。
 今日買う物はなんだか少しばかり豪勢な気がするが、それは特売効果だからなのか、それとも───。
 益体の無いことに頭を使っていたら、こちらの返答を待つような顔を向けられて、俺はやっと返す言葉を探し始めた。
「……いや、別に…。それにメシ作るなら外じゃねぇ方がいいんだろ?」
 それ以前に調理器具揃ってねぇし、と言葉を付け足す。引き下がるかと思っていたが、そんなことか、と平然とした声が返ってきた。
「君の部屋で料理を済ませて、ソレを運べば問題なかろう」
「ソレ、手間掛かるんじゃねぇか……?」
 面倒だろ、とか言ってるこっちを、不思議なものを見るような目で見つめてくるアーチャーの視線がどうにも、居心地が悪い。挙句おかしそうに笑われるのは一体、どういうこった。
「君が私に気を遣うと言うのも、おかしな話だな」
「そう言う訳じゃねぇよ。後から文句言ってきそうなんで先手打ってるだけだ。腹減ってるからさっさと食いてェし」
 多分。俺に気を廻してるのはむしろ、お前の方だと思うんだけどな。
「そこは少しぐらい堪えたらどうだ? 全く。第一此方から提案したことに、後から文句などつける訳が無かろう」
「まーな……。そこまで底意地悪くねぇもんな、いくらお前だってよー」
「己の性根が捻じ曲がっていることは否定しないが、流石にそこまで陰険では無いぞ」
 根性曲がってる点については否定しねぇんだ、そこ。
「で、どうする。今日の夕食は外で?」
「……そーすっか…」
 思い立ったが何とやらって言うらしいし。
 了解した、と応えたアーチャーの声が心なしか楽しそうなのもまぁ、悪い気はしなかった。



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