Cradle hollow-04
 ───これは、『私』の知らない四日間だ。

 実を結ばぬ虚の日々。
 そればかりが繰り返される箱庭の中で、けれどそのからくりを知る者、知らざる者は確実に同じ時を刻み、歩く。
 その仕組みをはっきりと捉えたのはごく、最近。からくりの中に在り、時を紡ぐ構成要素の内の一人が、誰であるかを『知った』のが発端。
 撃ち抜き、撃ち抜かれて得た情報は、磨耗した記憶の何処にも、この四日間だけが自身の記憶として残っていない、と言う事。
 ならば、私に出来る事は。私が成すべき事は。

 広いとはいえない台所で、ランサーが釣り上げた鯖の鱗を取り、三枚におろす。
 此方に特別言葉を投げる事は無いが、訝しげな表情は相変わらずだろう。気配からでも伝わってくる。
 あの夜──苦痛に喘ぐ彼の姿を発見した、『四日目』を越えてから。
 港で見かけていた彼の、思った以上の覇気の無さに苛立ちともどかしさを覚え、勢いをつけてここまで押しかけたは良いものの。
 気の利いた会話の一つも出来るはずも無く、口を開けば碌な事を言わないまま、今に至る。
「なぁ」
「……何だね」
 たまりかねました。そんな声までついてきそうな呼び掛けには、目を向けない。
 もう何尾目かも数えることさえ放棄した鯖に視線を固定しつつ、手を休める事無く声だけを返した。
 我ながら理不尽極まりないが、彼自身が自覚をしているかも怪しい、その弱り具合を視界に入れるだけで苛立ちが募る。
 己が見ていた夢や理想が、放つ光を翳らせ、時にそれまでの憧憬を裏切り、覆すことなど、とうに慣れていたはずだというのに。
 そう言うものだと理解して、これまでの世界と同じように、彼を眺める事とて出来ていたはずだろうに。
「いくらなんでも、一度にそんなに喰えねーぞ」
「…は?」
 思考の淵に埋没しかかったところで、どの予測とも違った言葉投げられ、間の抜けた声を上げてしまった。
 気がつくと、鱗を取り終え、捌いた鯖はとうに十を越えている。……あるまじき失態だ。
 溜息をついて謝罪を口にしようとしたところで、ぽん、と気安い調子で背を叩かれ、思わず顔を向けてしまう。
 視界に入ったのは、眉尻を下げがちにした彼の笑顔。
「どうせ考え事すんなら、もう少しここの皺解けよな、お前」
 ここ、と言いながら自分の眉間を指す仕草。
 誰の所為だと思っている、と反射で口にしそうになった反論を飲み込んで、再び、盛大に溜息をついた。
「大きなお世話だ。第一釣り過ぎだろう、明らかに」
「………そこは否定しねえけど。どの道足の早い魚だ、シメちまうか」
 彼と初めて出遭った時には、ついぞ想像も出来なかった、やり取り。
 味噌煮も喰いてえ、などと勝手な主張を投げかける声にまた溜息を誘われたが、その後はつい、笑いが漏れる。
 仮初だからこそ、こんな遣り取りも悪く無いものだ。
 と、柄にもない思考の偏りを感じて、浮かべていた笑みを苦くした。



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