Cradle hollow-03
「…………」
「…………」
 岸壁からこっち、結局アーチャーの手を借りて塒に続く道を歩く。
 しかし、全く意図が読めねえ。どういうことだ。
 謂れのない苛立ちを俺に向かって漲らせたまま、けれど横に並ぶ相手は終始無言。
 色々と突っ込みたい事柄は多いんだが、むすくれて口を引き結んでいる相手を突付くのも、という結論に達して、結局俺も無言を通す。
 黙ってても時間は過ぎていくし、歩く距離だって伸びていくもんだ。
徒歩30分近くの道程で一言も言葉を交わすことがないまま、塒にしているマンションに辿り着いた。
 共同玄関の前に立っても一向に立ち去る気配の無い男を横目、部屋を目指す。
 物問いたげな視線を感じるが、聞きたいことや言いたいことがあるなら自分から口開け。

 部屋はギルガメッシュ(の持ち会社)が管理している不動産の内の一軒。
 なもんで名義だとか色々すっ飛ばし、掻い潜って住む事が出来ている。
 野外でも構わなかったんだが、『さすがにそれは僕的にも、見過ごせませんからねー』なんて言うちっこいのの、とびっきりの笑顔付きの一言と、バイト先を転々としているうちに色々と物が増えて、立ち行かなくなった…と言う事情なんかが重なっているわけだ。
 とは言え、収納が多い分住空間には余裕が有る。ついでに言うとあまり家具も無いから、尚更だ。
「入るんなら入れよ」
 部屋の施錠を解いて扉を開けたところで一言だけ、投げておく。
 肩越しに見たアーチャーの顔は相変わらず苛立っていたが、何処かしら、怪訝そうな色が加わっていた。
 何だよどうした、と痺れを切らして訊ねそうになった瞬間、躊躇いがちな間を置いた声が俺に向く。
「……無防備も良い所だな。魔術での護りの気配も何も無い」
「………」
 人ンちまで来ての第一声がそれか。
「必要に迫られてねえから、してねえだけだ。無駄は省く主義なんでな」
 というより、余分な魔力を消費している場合でもねえから、なんだが。
 そもそも、こいつにはそんなことを言う義理も無い。それだけ言っときゃ満足もするだろう。と思っていた俺と裏腹に、奴は更に顔を険しくして口を開いた。
「その物言いと、君のここ暫くの行動の間には著しい矛盾がある。納得出来ん」
 やおら詰問口調になったアーチャーは、バケツを降ろしもしないままだ。
 玄関前ででかいなりの男が二人、にらみ合う構図はお世辞にも平和とは言いがたい。
 それに、いつまでもこうして外に磯の香りを振りまくつもりも無かったし、何より腹も減っている。
「……知るか。俺が無駄だと思うことと、テメェが思うものが違うッてだけだろう。いいから入れ、バケツの礼ぐらいはするから」
 こっちの促しに、たっぷり十秒は固まっていたアーチャーを他所に、玄関に蜜柑箱を下ろし、さっさとブーツを脱いで上がり込んだ。
 手の支えをなくした扉が閉まる直前、再度勢い良く開かれる。
「いらっしゃーい」
「……、…邪魔するぞ」
 形式以前の、挨拶とも言えない遣り取りを済ませる。
 交わす声音は険悪で、とてもじゃないが、招き入れているなんて風に見えない。
 何やら吹っ切った勢いで遠慮無く、そのくせ手にしたバケツからは水一滴零す事無く。
 部屋主である俺を追い越して、ずかずかと上がり込んで台所に向かうアーチャーは、相変わらず苛立ったままだ。
「……ワケ、判らんなぁ」
「…それはこっちの台詞だ、ランサー」
 いやそれはどうよ、と思わず突っ込みを添えて施錠し、俺も後に続いた。



■ Back ■ Return ■ Next ■