Cradle hollow-02
「おにーさん、釣れてるー?」
 夕刻近い岸壁に、やってきたのはしましまの姉ちゃん。
 定刻どおりの登場に思わず笑みが浮かぶ。 …が、少々様子が違って、浮かべていた笑顔が思わず、驚きに固まっちまった。
 呆然としてばっかりもいられねえんで、咳払いをして気を取り直す。
「…そこそこな、今日は多目に持ってってもらって構わねえぜ」
「え、本当?じゃあ丁度良かったー」
 言いながら違和感の正体である、一抱えもあるダンボールを軽々と、けれど、どすん、と俺の座っている横に下ろした。
 なんかえらい音がしたんだが、どうしたんだこりゃ。
「……これは?」
「んー…、いやね、いつもお世話になってるでしょ。だからお礼にと思って」
「へ?」
 いつも手ぶらで釣果を掻っ攫っていくというのに、何ごとかと瞬きを繰り返す。
 俺の驚きようにちょっと困ったような顔をして、実はね、と口を開く姉ちゃん。
「士郎の提案なんだけど…おにーさん、蜜柑好きだよね?」
 小僧の提案か、成る程。合点が行った所で改めて、大きなダンボールに視線を落とした。
 温州みかん、と大きく印字されたそれを見下ろしはしたんだが、サイズ以上に中身が詰まっているらしい様子に、明らかに多くねえか、と思わず突っ込みを入れたくなる。
 いただけるんなら有り難く、ってところだが。
「ああ、問題ねえよ。有難うな」
「そっかー、よかったー!」
 満面の笑みで安堵の息までつくし。多少かさばるが、持ち運べないわけじゃねえから、まあいい。
 それに正直なところ、食料の供給はかなり有り難かったから、此方としても断る理由がない。
 今日は控え目に魚を持っていった背を見送って、俺はまた釣りに戻った。



「しかしまあ、えらい大量だな」

 大漁とも言う。
 礼にと渡した分を差し置いても、えらい嵩張って移動に難儀する勢いだ。
 釣りも一段落して、そろそろ腹ごしらえ…と立ち上がろうとしたところに、また新たな足音が聞こえてきた。
 視認しなくとも判る、独特の気配。
 決して心地のよいものじゃねえが、その気配は見知ったものだった。
「何だよ、お前も釣果たかりに来たのか、アーチャー」
 間合いに入った瞬間に振り返って、そんな声を投げてやる。
 闇を濃くし始めた空と海を背景に、呆れたような溜息をつかれたが、違ったのか。
 俺の問い掛けには答えないまま、無遠慮に距離を詰めてくる奴からは、僅かな苛立ちは感じられても、物騒な気配はない。
結局、無言のまま、蜜柑箱を挟んで海を眺める位置に立った奴が口を開いたのは、俺が釣り道具を粗方片付けてからだった。

「随分、大荷物だな」
「……ぁ?」
 見りゃ判るだろう、と続けながら蜜柑箱を担ぐ。
もう一方の手でバケツの柄を掴もうとしたところで、そいつを攫われて。
 怒鳴りつけようとしたところで先制攻撃のごとく寄越された言葉に、俺は思わず蜜柑箱を落としそうになった。
「何処まで運べばいいんだ。教会か。それとも、君の塒かね」



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