侵蝕-05
「…面白い、見世物よな。実に」
 やや離れた長椅子の上、足を投げ出して腰掛け。傍観を決め込んだ英雄王は、口の端を吊り上げて呟く。
「泥のような苦痛に冒され、耽り──堕ちるが善いぞ。狗らしく、な」
 まるで、うたうように。

「…開く、だと」
「そうだ。…繋いだ回路をより確かなものへとする為にな」
 意味を図りかねたように問う槍兵の声に、神父が頷く。
 告げる言葉の直ぐ後、首筋を辿っていた指が肩口へと肌を辿り、降りていく。
「───その為にどういった行為が必要か、知らぬ訳では有るまい」
 宣言めいた神父の声。直後、ずちゃ、と粘り気のある水音が、ランサーの鼓膜に届く。
「、づ…────、ぁ、ッ ア…!」
 腕の神経をそのまま刺激され、裂かれた肉は圧されてひしゃげる。
 痛みの熱源は、先程の傷口。
 その傷口は今、剣の代わりに神父の指を突き立てられ、あろうことか内部を掻き回されていた。
 先程までと比べ物にならない、痛み。
 そして、執拗に己を嬲る神父が浮かべる微笑に、槍兵は吐き気さえ覚える。
 けれど。
 それすら表情に表すことが出来ないほど、全身を苛む苦痛は大きく。
 不安定ながら繋がった筈の供給路からも、どうにか身体を留め置ける程度の魔力を得るのがやっと。
 抗する手段を粗方失った状態で尚、息つく合間に奥歯を軋ませ、漏れかかる悲鳴を噛み殺す。
 どうあっても抗いを見せる槍兵の挙動に、文字通りに傷口を抉り、開く言峰が浮かべていた笑みが、深まった。
 含むところを察したランサーの表情を、怒気を越えた嫌悪が、恐怖が、ゆっくりと押し包む。
 その変化を見て取った神父の手に、再度握られ魔力で編まれた黒鍵の刃が弱々しい月光を弾く。
 襤褸に近くなった蒼の武装を、刃は紙のように裂き、槍兵の肌を夜気に晒す。
 残る肩当てが床に落ち、煩い音を立てた。
 ずるり、と散々に掻き回した傷口から、ようやく神父の指が引き抜かれる。
 悲鳴はとうに掠れ、ただ呼気に肩を上下させることしか出来なくなったランサーは、それでも顔を上げた。
 露になり、強制的に開脚を促されている下肢へと、血に塗れた指が伸びていくのを見て取り、その表情が嫌悪に歪む。
 腰を引いて男の指から逃れたくとも、鎖の戒めに阻まれ、それも適わず。
「……っ…、…!!」
 何ら接触を与えられないままの箇所に、節くれだった長い指を一息に押し込まれ、槍兵は呼気を引き攣らせた。
 えずくように咽喉を鳴らし、再び歯を喰い締める。
 傷口から絡め取った血液を潤滑として使用し、そこを解しに掛かる神父の指は、無遠慮に数を増やし、狭窄な内壁を押し広げていく。
 悲鳴を堪えて只管に呼気を押し殺す槍兵の顔を覗き込みながら、熱を逃がすように吐息した神父の表情には、確かな愉悦の色が在った。
「……、…ぁ、あ、……ッ…」
 内を掻き回す指が鉤状に曲がり、臍側に押し上げられた瞬間、声を堪えていた槍兵の唇が開い
た。
 粘膜越しに在るしこりを捉えた指が、執拗にそこばかりを擦り、押し上げ、ここにきて初めて、苦痛以外の感覚を彼の身体に刻んでいく。
 愛撫を寄越されないままの陰茎が熱を孕み、芯を持って頭を擡げ始める。
 それを観察する神父の視線に気付く事も出来ないまま、ただ煽られ、高められる性感に抗おうと、槍兵は咽喉奥で唸り声を上げた。
「悦い癖に、な」
 言峰の声は相変わらず、僅かな熱の気配はあっても尚、平坦なまま。
 神父服の肩越し、剥き出しの槍兵の肩が揺れるたび、粘り気のある水音を伴う指の動きが激しくなっていく。
 情動を連れ添わない、ただ身体の反射だけで身の内を暴く男の指の動きに、ひたすら声を堪えるけれど。
 異様なほど的確に煽られる衝動を押さえ込むも長くは続かず、上がり始めた呼気は、濡れた気配を伴い始める。
「……ッ…、な、ぜ……、…」
 切れ切れに問う声に、俯けていた双眸を緩慢に向ける神父。
 応えの無い彼と近い距離で視線をあわせながら、時折息を詰めては、懸命に言葉を紡ぐ槍兵。
「何故、こうまでするのか、……そう問いたいのかね、ランサー」
 呼気に紛れる詰問を攫って、また神父が笑う。
 不本意ながらも緩やかに頷く槍兵は、強張り通しの身体を更に震わせたまま、答えを待つ。
「…、……は…、…ッ…、ぁ…」
 けれど神父は口を開かず、黙々と槍兵の身体を「開く」。
 肉を食むような濡れた音と、硬質の鎖音の合間。
 吐息に紛れてはいるものの、己の口から零れた露骨な嬌声に上気した目許を険しくさせ、槍兵は身を震わせた。
 既に吐精を望む衝動は押さえ難いほどに煽られ、呼気の一つも掠められない性器は浅ましく先を喘がせ、そこから潤みを覗かせている。
 只管に咥え込んだ指を拒絶するように締め付けていた内壁も既に、度重なる刺激に強張りを解かされ、弱い箇所を嬲られるたび、神父の指をしゃぶるように蠢く。
 その反応を確かめ、より得ようとするように指を動かす神父が、もう一方の手で自らの衣服を寛げ始める。
 重たい色の下衣を掻き分けて露にした性器の先を、咥え込ませた指を抜きもせずに、槍兵の下肢に宛がいながら、答えを渡さずにいた神父がようやく、口を開いた。
「こうでもしないと勃たないものでね。全く、色々と難儀な身体だ」
「な、……ぅア…、───ッ…!!」
 まるで他人事の様に淡々と告げた言峰は、反論を待たずに下肢を押し進める。
 一際大きな鎖音が礼拝堂の中に響き、総身を強張らせた槍兵の咽喉から、掠れた悲鳴が上がった。
 男の動きは仕向けている行為に反して、なんら意思を運ばず、肌の匂いも熱も、淫らささえも伴わない。
 けれど執拗さと巧みさを伴う有り様に、情交とも呼べぬ「侵蝕」に、己ばかりが追い詰められていく心地に、槍兵は溺れるほどの愉悦に揺さぶられながら、眼前の男を睨み据える。

こんなことで。
こんなもの、で。

 同じように熱を孕んでいるはずの神父の身体からは、己をこじ開ける楔の奥にあるはずの熱源すら、探し出せない。
 抽迭が繰り返されればされるほど、煽られた熱ごと内腑を掻き出されて、代わりに冷えた泥を押し込まれているような錯覚に、屈辱ばかりを塗り重ねられていく。
「そう、睨むな…。……ああ、けれど…その顔には、つい…見惚れてしまうな」
「…ッ…、ぁ…、…抜か、せ…、…ッ……、──…!」
「……悦い、声だ…」
 本来であれば快感を共有し、共に高まらなければ意味を成さない行為。
 神父の呼気も体温も、上がったとてそれは肉体の反射に過ぎず、しかもその反応はここまでの過程を経て漸く得ることが出来たもの、でしかない。
 槍兵が幾度目かの絶頂に追い上げられてようやく、息を詰めて熱を吐き出した男の表情は、僅かに歪んだ程度でしかなく。
 額に汗を浮かせ、呼気も乱しているくせに、悦に溺れることも無いままの視線を、目の前の英霊に宛がうばかりだった。

 拷問に等しい、生の臭いばかりが溢れる『作業』は、槍兵の意識が途絶えても尚、続いた。



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