枯れずの太陽-01
 聖杯戦争が終わって、それから秋の最中に冗談のように呼び戻された冬木の街。
 かつての戦場であり、そしてその後に幾度と無く繰り返しを編み続けた四日間の舞台。
 その世界の中心だった一組のマスターとサーヴァントが『絵』を完成させたその後。
 何故か世界はそこらじゅうに呼び戻した舞台装置を片付けもしないまま、五日目の朝と言う境界を超えてしまった。

 朝を迎えてなお世界との接点が無くならず、尚且つこの街にいる同業──サーヴァントと呼ばれる面々の気配がどこからも消えていないらしいこの状況に、ランサーはいまや驚きも呆れも何もかも通り越した、なんとも言いがたい表情を浮かべていた。
 ビルの屋上から眺めていた逆月への階も既に無く、街を跋扈していた黒い犬の気配も同様に無い。きっとこれからは月を見上げても煌々と白く青い光を返すばかりだろうし、もう階は繋がらないのだろう。
 役目を終えたものとは、おしなべてそういうものだ。
 彼も己をその内の一人───否、一つだったはずだと思っていたと言うのに。
「いやまァ、こういうことも有るんだな……」
「……そうだな……」
「っ?!」
 ぼんやりと呟いた声にまさかの同意が返って来て、ついでに言うと気配を察知するのも遅れて、二重の驚きを隠せもせずに振り返る。
 やれやれ、と顔に書いていそうな表情の、赤い外套を纏った長身がそこに在った。

 仮初の命と偽者の身体を纏う彼らが、閉じて巡っていた環の終わりに交わした最初の一言がそれだ。


 夕刻。
 小さな英雄王が用意したと言うランサーの部屋を訪れたのは、その小さな英雄王でも彼の主であるシスターでも、そして彼の元マスターでもなく、赤色の武装を纏う──今は上下とも黒だが──アーチャーその人だった。
 既に慣れ切った訪問なのか、チャイムの音に呼応してドアを開けても、鷹揚な頷き一つするだけのシンプルな出迎えの後、ランサーはさっさと部屋に戻ってしまうし、アーチャーはアーチャーで土産も何も無いまま部屋に踏み込み、真っ直ぐ居間に向かいもせず、勝手知ったると言った風情で茶を淹れる支度など始めている。
 目下留学準備中(あと一息)の彼のマスターや、相変わらず反りが合わない赤茶色の髪をした少年が目撃したらそれこそ、何事かと思うような緩い空気。
「ほうじ茶でいいか」
「おー、毎回悪ィな」
「君が淹れるとどうも味にムラが出るからな。気が気でないだけだ」
「でーすよねー」
 交わす言葉の合間にも着々とアーチャーの手は動き、急須に茶葉がきっちり二人分収まる。茶筒を閉めたところで計ったように薬缶が鳴いて、室温がほんの僅かに上がった。
「……あまり頭の悪さが滲むような返答をするんじゃない。アイルランドの国民に謝れ」
 こぽこぽと安物の急須の中に湯が注がれていく。
「頭の良し悪しは兎も角、そもそも謝る義理なんぞねぇだろ? ついでに前言撤回も求むってカンジなんだが」
 家具の少ない居間の中、比較的場所を取るサイズのローテーブルの傍には、座布団代わりのクッションが一つ増えていた。
「いいや有るね。君に淡い憧れを抱く少年少女が聞いたら泣くぞ。絶望するぞ。ついでに私にも謝るといい」
 フン、と鼻を鳴らして告げる言葉の内容があまり表情にそぐわないのは、気づいているのかいないのか。
 そんな印象を抱かずにいられない顔のまま、アーチャーは互いの前に湯呑みを静かに置く。
「お前ねー……。可愛気あるんだかないんだかはっきりしようぜ…」
 呆れ半分のランサーが、湯呑みを手にする前に律儀に『いただきます』と告げる声を聞いて、アーチャーは声無く頷いてから、む、と眉を寄せる。
 可愛気など元々無い、と頑なな声がすぐ後に降ってきて、ランサーは密やかに浮かべていた笑みを深めた。

「……ンで、今日はどーした? ………オマエ、用事が有るンじゃなかったのか」
「有る。……これから向かう前に、通り掛ったのでな」
「そっか」
 ちなみにランサーの住処であるこのマンションは、新都と深山町商店街を結ぶ、あえて言うなら海側に面している。目的地がランサーの知る範囲なら、通り掛る可能性はよほどの迂回路を使わなければありえない。
「……と、言うか」
 物問いたげに向かう灰色の双眸を絡め取って、緋色が笑う。
 落ち着かない様子でほうじ茶を傾けるアーチャーとは対照的に、言葉を返すことなく美味そうに湯呑みを傾けて、ランサーは暫しの沈黙を楽しんでいる。
 いつもならそんな態度に突っかかるだろうアーチャーは珍しくそのまま、黙って茶を啜っていた。

 これが秋を経て冬を迎え、それに飽き足らず新たな年を迎えてしまった二人の立ち位置となっているようだ。
 なるほど奇妙な関係に発展したらしい互いの間に流れる空気はやたらと緩く、親密なものとなっていた。
 夜の帳が降り切ったころにアーチャーは席を立ち、辞去の旨を告げる。それに応じて腰を浮かせたランサーは、玄関の前まで見送っていったようだった。



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