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「ほらボーズ、溜息ついてねぇで前、詰めな」
「あ…、うん」
 そんなこんなで休日効果でいつもより長い行列にたどり着いて、ようやくひと心地。
 いつの間にか回想に浸ってしょげていたらしい。列が進んだのにぼうっとしていたところを突付かれて、慌てて前に進んだ。
 こっちを見下ろすランサーの顔が、怪訝そうにしているから、返答に困る。
 横に並んで立つ、なんて距離で肩を並べるのは実にレアで…もないか。それでもこんな平和な状況で、結構な長時間一緒にいるのは確かに、レアケースだった。
 会話が途切れた微妙な間を持て余して、それから、ほんの少しの興味も手伝って、隣に立つランサーをじっと観察する。
 やっぱり外人顔って言うか、彫りが深い。肌の白さが日本人のそれと少し異なっていて、改めて、異国の人間──半分神様だけど──なんだな、何て認識をする。
 肌が白いから目立つと思っていたけど、意外と髭が薄いのかな。……それにしたって、睫毛長い…。
 瞼はかっちりと深い二重で、眼窩の窪みに落ちる影が、本当は鋭い目を柔らかく見せてる…ような気がする。
 少し眠たげと言うか、時々、けだるそうに見えるのはたぶんそのせいなんだろう。
「……」
「……」
 まじまじと観察をしていたら、なんだか居心地の悪そうな緋い目と視線がかち合った。
 ここで一言ぐらい、すかさずフォローを入れるのが円滑なコミュニケーションに必要なコトだって言うのは、わかっているんだけど。
「……あんまり見るんじゃねぇって。穴開くだろ」
「え」
「冗談だよ、開くか莫迦」
 ばーか、と間延びした声で言われて、挙句欠伸までくっついてくる。こう言う時だって、結局先制されてしまうのがちょっと悔しい。
 少しずつ消化されていく列に従ってゆっくりと歩きながら、それから結局、ランサーの観察は諦めて進行方向ばっかりを見ることにした。

「いっそ、開いたら良いのに」
 いつかアンタに刺された、俺の心臓みたいに。
 こんどは俺が穴を開けられたら、どんなにいいだろう。
「は?」
「…………何でもない」
 何だ小僧、どうしたんだよ。負けが込みすぎて熱でも出たか。
 とか何とか、心配してるのかからかってるのか、さっぱり判らないランサーの声を適当に受け流して、ついでに一部が言葉になってしまった取り留めない思考も頭の隅の隅に追いやって、蓋をする。

 そして確実に消化されていく列は確実にタルトの在庫を奪い、当然、俺たちが着いた頃には、ショウケースのところに『本日分完売』の看板が提げられているのだった。


「…コレで、許してもらえるかな……」
「許してもらえるようにするんだろ、ココを使ってな」
 とん、とこめかみを軽く叩いてから片目を細くして笑うランサーに、そうだな、なんて笑って頷く。
 夕日に伸ばされた影を背負って、代わりに買ったフルーツタルトのホールを片手、並んで家路を歩いた。
 濃い橙の陽光に遮られるように、蒼の鮮やかさのなりを潜める髪だとか、やっぱり隣でつい見上げてしまうわけで。
 また変なことを言い出す前にすぐ、視線を外そう。でもちょっとだけ、何て誰にともなく言い訳をしてから表情を覗いたら、こっちを向いていた緋色の眼が驚いたのを見て、見られていたことにようやく気付く。

 ……こう言う顔して驚くんだ、ランサーって。
 何となく、見られていた分ぐらい取り返してもいいよな、何て気分になって堂々と見詰め返す。
 していたら、不意に手が伸びてきて、わしゃわしゃっと髪を混ぜられた。
「っ、ぇ…、な、何だよランサー?!」
 ランサーは応えない。応えの代わりにますます髪を混ぜっ返す。
 夕日の色のせいかは判然としないけど、眉を下げた笑みがいつものそれより弱々しい気がして、大人しく撫でられておいてみる。
「シロウの髪は、赤いんだなぁ」
 何だよ。そんな寂しそうに笑うことないだろ。俺の髪が赤いとなんでそんな顔になるんだよ。
 ……ついでに、さらっと人の名前呼ぶなよな……。
「……夕日のせいだろ」
「そーかもしんねぇけど、な」
 その夕日のおかげで、熱を上げた頬の赤みは悟られずに済んだから、よしとするけど。
 気を取り直すべく一呼吸置いてから、我が家でタルトを待ちわびる、兵(つわもの)たちへの言い訳についての会議に移ることにした。

 それからランサーが浮かべた笑顔は、いつもの飄然としたものばかり。
 まるで、さっき垣間見せた表情ごと全部幻だったかのような、そんな明るさに安堵しながらも、結局、理由を問えないままで家に帰り着き、王命を果たせなかった敗残兵(ランサー含む)は、散々な目に遭ったのだった。


 あの日の夕日が染めた赤色は、彼のかつての親友の髪の色だった、と言うことを知ったのは、だいぶ後のこと。
 知らず触れてしまった素顔は、いつまでも鮮やかだ。



End



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