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「よし、それじゃ行くか」
 そんなごく軽い調子で歩き出したランサーの後ろを、若干の(若干だ)コンパスの差を埋めるよう
に、大股でついて行く。
 細身ではあるけれど、俺なんかより身幅もガタイも有る身体は、でも人ごみの合間、器用に隙間を縫って歩いていて、窮屈さなんか微塵も感じさせない。
 ぱっと見て違和感は無いけれど、間近で見ていると本当に、凄い。
 最初から自分の為の道があって、そこを寸分違わず、悠然と辿るように、動く。
 無駄な動きなんてないしなやかな歩みは、まるで、猫科の大型獣を思い起こさせる。
 その後に続けば当然遮蔽物なんか無いはずなのに、俺ときたら人の肩やら腕やら、時折自転車なんかにまでぶつかって、スイマセン、ごめんなさい、何て繰り返している始末。
 大して長い距離でもない目的地までの移動だけで、自分の未熟さを痛感させられてしまう。
「なぁに拗ねてンだよ、ボーズ」
 不意に振り返ったランサーが、笑う。
 さっきよりも近い位置にある顔に、いつの間にか歩調を緩められている事に気付いた。
 人ごみの密度が下がったせいもあるけど、そう言えばさっきより、物や人に激突する回数も減っている。
「……別に」
 振り返って笑った顔に見惚れた…のはきっと、何かの間違いだ。そうだとしても、言ってなんかやるもんか。
 ぶっきらぼうに言い捨てて、隣に並ぼうとして足を進め…たら、脛にごっつい買い物袋が激突して悶絶。
 痛みに引き攣った顔をまた笑われて、結局先を歩かれてしまった。

 そもそも、どうして俺とランサーが、親子連れやら幸せそうなカップルがひしめく、夕暮れ時の駅前パークにいるのかというと。
 事の発端は昼下がりの、ちょっとしたゲームにまで遡る。


「負けたー……!!」
 切なく虚しく響いた声に重なるのは、我が家に住み、通い、時に遊びにやってくる女性陣の勝どきの声。その数およそ数えたくない。
 怠惰な休日の一時を、折角だから刺激的に過ごしたい!なんて言うトラぶる…もとい、イリヤと藤ねぇの一方的な宣言と共にセッティングされた花札勝負。
 急造タッグで挑んだ結果は、当然と言うべきなのかも判らない。けれど、なるべくしてなったような気がしないでもなかった。
 敗北と屈辱に塗れた、しょっぱい涙の味を噛み締めるのは、他ならぬ俺、家主の衛宮士郎と、釣果をお裾分けに立ち寄ってくれた、間の悪さでは冬木一を譲らぬ勢いの最速のサーヴァント、青い槍兵・ランサーなのだった。
 ちなみに、ランサーが居合わせなかったら、俺はアーチャーと組むことになっていたらしい。そう言う意味では俺にとっては救世主だ。
 多分、アーチャーにとっても。
 タッグ選出の際にはみ出した俺に、最終手段としてアーチャーとのタッグを申し出る遠坂のいい笑顔は、多分暫く忘れないぞ。このあかいあくまめ。

 で、それは兎も角。
 見事に居並ぶライバルを打ち倒し、時に強引に叩き伏せ、発案者である二人が優勝を勝ち得た訳だけど。
 敗者は勝者に従うのが世の道理だ何て言い出して、敗者復活戦で敗れに敗れ続けて底辺まで落ちた、唯一の男性タッグである俺たちに王命を下したのだった。
 タイガー曰く、
『ヴェルデに最近入った噂の洋菓子店で、限定販売されてる苺のタルトを買ってきてちょーだい♪』

 この発案に女性陣、ほぼ漏れなく色めき立つ。特にセイバーと桜。
 ライダーはよく判らなさそうな顔つきだったけど、桜が喜んでいる様子を見て、満更でも無さそうだったし。
 遠坂も、なかなか難易度の高い命令ですね、先生。なんて言ってる口許が緩んでいた。
 イリヤも、そしてそのメイドさんたちもそのタルトの味は良く知っているようで、顔を綻ばせたり、尤もらしく頷いたり、にやりとほくそ笑んだり。
 兎に角、この反応で難易度が鰻登りどころか、段階飛ばしで駆け上がったのはもはや、言うまでもない。

 大したことなかろうと侮るなかれ。
 昼をとうに過ぎ、夕方からのスタートと言う時点で、大きく遅れを取っているのだ。
 何せ個数限定販売である。しかも味も見た目も折り紙付き。ちなみに苺のタルトはこの時期だけの限定商品なので、これを逃すと来年まで食べられねぇのである。
 全体的に値段は張るのだが、それ以上のクオリティの高さに、毎日行列が絶えたことがない。
 そんな大人気の洋菓子店が、季節の素材をふんだんに使った逸品。
 それを休日の、こんな時間に並び始めて、人数分購入できるかって言ったら……ねぇ。



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