告白
 たった三文字。
 たった三つの唇と舌の動きで容易く形になることば。

 そうだ、たったそれだけの言葉を形にするお前の声に、俺はこんなにも満たされていく。



「なあなあアーチャー、すきだって言って」
「………」
 それが目を覚まして最初に、ベッドの上で言うセリフなのか。
 開口一番のランサーの声(しかもイントネーションが俄かオネエ)は、起き抜けのアーチャーの思考を覆う薄靄を綺麗さっぱり振り払ってくれた。
 何処と無くまどろみに伏せがちだった瞼が、ぱき、と音でもしそうな勢いで開く。それこそ悪夢から抜け出すような素早さ。そしてうなされていた悪夢を知覚、もしくは反芻した時のような、普段よりも深い眉間の皺の形成も後に続く。
「断る」
「ケチ」
「朝の挨拶もせずに要求を通そうとする男の言葉なぞ、聞いてやらん」
 え、そこツッコむんですか? といわんばかりに、わざとらしく甘えた笑みを浮かべていたランサーが眉を跳ね上げた。起き抜けのこいつの処理能力は4割減かなどと、ろくでもなく且つどうでもいい結論を勝手に落ち着かせた表情で手を伸ばし、灰色の髪を梳きたがる。
 ランサーの手が示す要求へ煩そうな顔をするくせに逃げないアーチャーの反応を知ってか知らずか、対照的に緩い笑みを浮かべたランサーの指は、硬い灰色の髪をくしゃくしゃと混ぜっ返して乱して遊んでいる。
 毛先があちこちを向いてしまったおかげでくすぐったいのか、犬が水を払うように頭を振るアーチャーの間近で、アハハ、とこれまた気の抜けた笑い声が零れた。
「んじゃー、オハヨーって言うから、すきだって言えよ」
 食い下がるランサーの声は相変わらず、緩い。
 阿呆、このたわけ、と、口より先に目で語る表情のまま、アーチャーは朝から溜息をついた。
 でも考えて見たら。
 この男相手に性器を充血させて挙句声が掠れるまで鳴かして内臓を暴いてそこに潜り込んで、熱を吐き出して粘膜を濡らしてとてつもなく満たされている時点で、同じがそれ以上に莫迦なんかじゃなかろうかと唐突に思い至る。
 それに伴ってじんわりと競りあがってくる照れに目許と頬が熱くなって、代わりにどんどんアーチャーの表情が渋くなっていく。
 それを見られるのを嫌がってか、アーチャーは唐突にランサーの背に圧し掛かって、うつ伏せの、起き掛けの背を押しつぶした。
「ぐえ。……ちょ…ッ、なあオイ、重いんだけどアーチャーさーん……」
「煩い、慣れているくせに」
 文字通り押し潰された声(多分この調子だと舌とか出してる)の後の抗議には、頑として謝らない。
 髪を解いたままの後ろ頭に鼻先を埋めてしゃべるせいで、声がくぐもる。

 髪越しに触れている『彼』の肌が熱を上げていて、それを感じた瞬間に腰裏が甘く疼いた。

「……すき、だ…」
 根負けしたように零れた、小さな小さな告白の声に、とっくに熱を持て余していたランサーは破顔する。
 酷く嬉しそうなランサーの顔を至近距離で見つめながら、アーチャーは降りた前髪に頓着するよりも先に、胸の内に満ち満ちていくくすぐったいような温かさに眉尻を下げた。



 たった三文字。
 とっくの昔に、意味ごと擦り減らしてどこかに失くしたはずの言葉。

 それを口にするたびに温かく満ちていく光から、子供のような笑顔から、目が逸らせなくなっていく。


End



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