翡翠の実
「アキノミカクっつーンだろ、こういうの」
 そんなこといいながらにこやかに、銀杏の殻に苦もなくヒビを入れているランサーに、どこから突っ込めばいいんだろう、って遠い目になった。
 何で突然、うちに銀杏なんか大量に持ってきたんだろう。しかもちゃんと果肉もとって日干しまでしてから。
 ……いや、果肉つきで持ってこられたらえらい事になるから、勿論有り難いんだけどさ……。
 更には金槌もヤットコも使わないで、黙々と親指と人差し指だけで殻を割れているのを見て、改めて、とんでもないなーなんて思う。こいつ胡桃とかもこうやって割れるんじゃなかろうか。
 サーヴァントって便利だなあ、いいなあ、とかろくでもない方向に思考が逃げる。いかん、現実逃避っていうんだな、こういうのって。
「……うん、まあそうなんだけどさ、中の仁、潰さないようにしろよな」
「大丈夫だって、力加減は覚えた。最初もろともに粉砕しちまって、えらい目に遭ったぜ」
 ってことは、ここに来る前に試してたってことか。
 教会でだとしたら、何となくランサーの居場所がゴリゴリと削り取られていきそうだな、何て惨状を思い浮かべて、アハハ、と力ない笑いが漏れた。
「じゃあ、大変だったろ、後始末とか」
「まーなぁ。……クドクドうるせぇんだもん、いちいちよー」
 あれ?
 ……なんか、本当に厭そうな感じでもないって言うか。ぐったりと肩を脱力させた癖して、何で笑ってるんだろ、ランサー。
 疑問符をくっつけてランサーを見た顔がよっぽど露骨だったのか、ランサーは笑っていた口を閉じて、うん? って首を傾げ返してくる。
 そんな風にされても、俺だってこんな、曖昧な疑問を返せるほど言葉が纏まっていた訳じゃないんだけどなぁ。
 普段は教会から離れて暮らしてるって聞いたけど、案外うまくやっていけてるんだろうか。あの毒舌シスターと小さな王様に囲まれて。
「や、あんまり厭そうでもなかったからさ。文句言われつつも、上手くやってるのかなって」
「ぁー……、上手くはどうかは知らねェけど、それなりにってヤツか」
 のんびりとした声の後、ぱきん、と小気味よい音に続いて、皿の上にまた一個銀杏が転がる。
 陶器の上で鈴みたいな音がした。
「そう言えば順応性高そうだもんな、アンタ。……何処にでも、誰とでもすぐ馴染むって言うか、溶け込むっていうか」
 現に、俺を殺害しようとしたこの現場で、今はこうして二人並んで、銀杏片手に世間話なんかしているわけで。
 見習いたいよ、何てこそっと付け加えた後、リズムを刻むみたいに殻を割る音が止まって、思わず顔を上げる。
「? ……なんだそれ」
 いつもなら誇らしげに笑いそうなところで、ランサーがさっきよりも怪訝そうな、心底不可解、なんて言いたげな顔をしてこっちを見ていた。
「え…、いや、だって教会で銀杏仕込んでたんだろ?」
 こっちだって何となく払拭した疑問符が晴れない。ので、聞くまでもないだろうと思ってた疑問を口にする。
 肯定でも否定でも、即座に返って来そうなランサーの歯切れが悪い。困ったような顔で眉が下がって、視線が外れる。
 ……あれ?
 不自然な沈黙と不格好な反応と、それ自体がまずかったとでも言わんばかりの、気まずそうな横顔。
 そっか、ランサーってこんな顔して困るのか。珍しい顔を見ちゃったなあ、なんて思う。ちょっと役得のような、でもなんでそんなに困っているのか、不安なような複雑な気分になった。
 さっきまで気にならなかった沈黙が、ちょっと居た堪れない。
 これ以上突っ込むとまた困るのかな、と思ったので、先にこっちから話の矛先を逸らす事にした。
「や、違うなら違うでいいんだけどさ。でも、包丁や金槌でやったって何とかなるもんなんだから、わざわざ素手でやることもないんじゃないか?」
 その方が手だって汚れないんだし。加減を間違えたあとの惨状は大差ないとしても、まだマシのような気もする。
「なんだよ、坊主もいちいち細けぇなぁ」
「現代人の知恵ってヤツだよ」
「…………」
 また軽口の応酬が出来て、こっそり胸を撫で下ろす。もう一往復ぐらいできそうだと思っていた応酬は、ランサーが言葉を詰まらせてしまったので、また途切れてしまった。
 そろそろいい感じに山盛りになった銀杏を割る手を止めてもらって、手洗い場を口でざっと説明すると、サンキュ、なんて気の抜けた礼の声と残して、ランサーはのんびりした足取りで廊下に出て行く。
 足音が遠ざかっていくのを聞きながら、不意に過ぎった言葉を口が象った。
「……坊主『も』?」
 熱した塩の中に放り込んだ銀杏を箸先で転がしながら、途切れる前のランサーの言葉を反芻する。
 まあ、いいけどさ。

 誰と比べての言葉なのか、どこで銀杏の仕込み方なんて覚えてきたのか。これ以上考えるのはやめよう、と言う結論に達して、焦げ目がついた銀杏を天日塩を敷いた鉢に移す。
 薄ら焦げ色のついた殻の奥から、薄皮の剥がれた翡翠色の実が覗いていた。

 うん、まあいいんだけどな。



End



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