猫と槍兵
 私は今、盛大に困惑している。

 目の前では、青い槍兵が青い猫を連れている。
 表情はデレッデレのゆるっゆる。これがかのアイルランドの光の御子か、と思うほどの緩みよう。
 ある種のブロークン・ファンタズムと言ってもいっそ、差し支えあるまい。
 うわーくすぐってぇー、だとか、あったけぇー、だとか、はしゃぎながらも、猫に配慮してか彼の声量は小さい。挙句声も柔らかい。
 頭の上に乗せているというシチュエーションも大概如何なモノかと思うのだが、どうなのだろうか。

 対する子猫もいい感じに緩んでいる。腹をべったりと彼の額と言うか頭と言うか、そこにつけて、眉のすぐ傍に前足を置いている。
 背から腰にかけてはランサーの掌が支えていて、一件危ういように見えてもバランスが取れているらしい。
 尻尾が支えの手に触れていて、先で彼の肌を時折撫でている。
 ……そんな子猫の触れ方に少しばかり、複雑な気分が上乗せされた。

 端から見ると、どこの飼い主莫迦かと言いたくなるような絵面である。
 いや、事実飼い主で有れば莫迦そのものだ。あればの話、と言うか───、そもそも、彼はどうしてこんな高価な子猫を連れているのか。
 そこからまず問うべきではなかったか、と我に返ると、いつの間にかはしゃぐのをやめていた
ランサーが、子猫と一緒にじっとこっちを見ている。
 猫の親子と目があった。そんな気分になって、思わず眉間に皺が寄ってしまう。
「……なんだね。先ほどまでと同じように、はしゃいでいれば良かろう」
「いや、だってお前があんまりにも、羨ましそうにこっち見てっから」
 もはやこの解釈のどこからツッコミを入れれば良いのだろう。
 ツッコミが過ぎても磨り減ると思うのだが、とそれは兎も角。
「物欲しそうな顔をした覚えなどない。強いて言うなら呆れていただけだ」
「じゃあ、その呆れポイントを一から順に並べ立てて、仔細に説明してみろっつの」
「君が聞き飽きて寝入る長さだぞ。それでも聞く気があるならば構わんが」
「………あっそ」
 一通りの遣り取りを済ませて、ランサーの顔が不貞腐れる。
 重みで多少へんなりした髪を構わず、頭の上から子猫を下ろして抱きなおす手つきは、扱い慣れた印象を抱かせるものだった。
 ほう、などと感心していたら、抱いた子猫の前足を手にしたランサーが、鼻先に攻撃を仕掛けてきた。
 不意を突かれて得た柔らかな肉球の感触に、思わず目が寄ってしまう。
 だからひとの顔をみて、益々面白そうに笑うな、そこ。
「ンじゃ何だよ、そんな景気の悪い顔して。……ぁ、そーか、何だよ、お前妬いたのか!」
 そこはあえて言うとすれば『妬いた?』と疑問符をつけるところだ、このたわけ。
 声無く笑う男を睨みつけ、視線で目一杯のツッコミを入れておく。
 視線を受けたランサーが顔の前に抱いた子猫を持って来て、ガードの構えを取る。どうしてくれようかこの男。
 子猫を睨む訳にも行かず、どうにも渋い顔になってしまうのが自分でも判る。
 にぃ、と細く鳴いた猫がまた、前足を鼻先に置いてきた。
 今度はランサーの手で寄越された攻撃ではない。毒気を抜かれてしまって、こちらまで表情が緩む。
 反撃の様子が無いこちらを猫越しに窺う光の御子を一瞥して、猫の細い咽喉を指で擽ってやる。
 心地良さそうに顎を伸ばして指に懐く様子に、つい笑みを誘われてしまった。
「……可愛いな、しかし」
「だろー?」
「君に似て」
「───は?」
 賛同を得てにこにこと笑う顔が、ぽろりと零れた言葉に固まっている。
 しまったとは思ったが、妬いたんだろう、と勝手に他人の心を読んだ八つ当たりぐらいはさせてもらうことにしよう。

「似ているだろう、指やら肌やらに懐いて、心底心地良さそうに目を瞑るところだとか」
「ちょ、それは猫の一般的な反応であってだな」
「それに、懐き方も随分無防備だしな。尻尾でまで肌に触れてくる辺りも、実に似ている」
「いや待て、そもそも俺尻尾ねぇし!?」
 慌てた声が煩いのか、それとも抱かれているのに飽きたのか、ランサーの腕の中で子猫が身を捩り、降ろしてと所作で訴えてそのまま、腕の中から床へと逃げた。
 あ、と声を上げて残念そうに見送る彼の眦がわずかに赤い。
「……顔が赤いぞ? ランサー。 ……ぁあそうか、照れたのか」
「うるせぇな、お前がワケわかんねぇこと言ったから、猫が逃げちまっただろ」
「心外な。……むしろ、君の反駁の声が、煩かっただけではないのかね」
 そうかよ、とまた不貞腐れる顔に手を伸ばす。眦が紅潮している様子と同じように、肌から伝わる温度は僅かに高い。
 唐突に触れてきた指に驚いた顔が、少しの間を置いて懐いてきた。
 はじめは控え目に、すぐに『もっと』とねだるように顔を傾いで肌を寄せる。
 応えの代わりにと、掌で頬を撫で直すと、擽ったそうに目を細めて、ン、と鼻に掛かった声が上がった。
「ほら、やっぱり───」
 似ているじゃないか。
 笑み交じりに指摘をすると、彼が勢い良く身を寄せてきて、唇と一緒に声の続きも塞がれる。
 触れ合う唇に笑う感触を渡して、近づく温もりを抱き込んでから瞼を閉じた。



End



なにこの恥ずかしい人たち!!(…) 春だなぁ…(おもに武藤の脳内が)。
兄貴ってロシアンブルーに似てますね、といただいた一言がこんなことに……。
ちなみに『こんなこと』第一弾は拍手に置いて有りました。今はこちらに。

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