YOU
 昼下がり。
 縁側に腰掛け、陽だまりの中でのんびりと空を眺める。
 風は少し冷たいけれど、匂いの中に冬の終わりを含ませる甘さがあった。
 求めて現界した筈の戦場はすでに失われて久しい。
 退屈だけれど振り払いがたい平穏の中に、俺達は身を置いていた。

 背後に座るアーチャーが、俺の髪をゆっくりと梳く。
 無骨な指が細い櫛を握っているくせに、その動きはやたら繊細だ。
「アーチャー」
「…なんだ?」
 心地よさに目を閉じたまま、奴を呼ぶと、少しの間の後に、穏やかな声が返ってきた。
「──いや、なんでもねぇ」
背は向けたまま、くつくつと笑う。
 らしくない。
 非常にらしくは無いけれど。

 髪をくしけずる奴へ背を預けるように、俺はゆっくり倒れ掛かる。
 支えが欲しくなる程度まで身体を開いたところで、硬い胸板が背に当たった。
 いつもは温度を伝えてこない奴の身体は、今日に限って服越しなのに温かい。
 この男の持つ匂いに良く似合う温度だと、何とはなしに思う。
「む…どうした?珍しいな、甘えてくるとは」
 怪訝そうな声は、耳の近く。
 何処と無く声が嬉しそうな気はするんだが、言えば恐らく憮然とするだろうから、黙っておくことにした。
「…全く」
 応えを返さない俺にため息をついた奴が、背後から抱えこむように腕を回してくる。
 右の手にはつげの櫛。
 うなじの辺りを起点に、耳の裏までじんと痺れるような吐息がかかる。
「ン…」
 髪から、首筋、耳の裏をアーチャーの荒れた唇が撫でる。
 性感の弦を弾かず、流れに沿って撫でるような愛撫は、この日差しに似て穏やかなもので。
 鼻にかかって漏れた己の声が甘ったるくて、思わず眉を顰めたけれど。
 背後の気配の優しさに、苦い表情も長く続かずに溶かされた。
「ランサー」
 俺の名ではないその呼称は、聖杯の力によって現界し、奉仕者として存在するものにつけられた記号に過ぎない。
 それでも奴がそう呼べば、その味気ない記号は俺を象る名前として届く。
 そうして届くぬくもりは、いつかの昔に得たものに少しだけ似ている気がする。

「なぁ、アーチャー」
 だから、俺も。
 ただの記号としてではなく、お前を呼ぶためだけに、この名を口にするのだ。
「…だから、なんだね」
「あったけぇな、今日」
 俺を抱き込む奴の腕に、自分の手を重ねて笑う。
 視線を上げると、思いのほか近くに奴の顔があって、視線がまともにかち合った。
 驚いて目を丸くした表情の意外な幼さに、知らず笑みが深まる。
 それに釣られたのか、丸くした目を嬉しそうに細めて頷いて。
「そうだな、──それに、いい天気だ」
 この上なく穏やかに。
 この上なく幸せそうに、奴はそう口にする。
 なんと言うことの無いやり取りと、穏やかに過ぎ行く時間。
 たまにはそれに埋もれて、歩いていくのも悪くは無い。

 出来ることなら、こいつと並んで。



End



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