OBSESSION |
──熱い。 身の内からじわじわと広がる感触を逃すように、彼は何度目かのため息をつく。 ひんやりとした室内の空気も、汗と、事後の独特の湿気を抱え込んで、やけに重い。 肺の底から、熱を孕んだ息を吐き出したけれど、そうした所で、身体が冷める訳も無く。 皮膚の表面だけが、冷えた空気に縁取られるまま。 いまだ逃げ場を失くしたままの熱が、身体の組織を溶かしていくような気にさえ、なる。 交感した魔力の暴走。それが今、ランサーの身を焼く熱の正体であった。 己のマスターをはじめとする人間種以外との魔力交感は、いわゆる『消化』までに時間を要する。しかも同じ立場の、高密度の魔力を内包する存在とも成れば尚のこと。 『消化』が終わればこの上なく上質な餌ではあるが、それだけに己の身に馴染むまでには、それなりの手間がかかる。 互いの属性にもよるらしいだとか、相性が悪ければ消耗の度合いが激しくなり、効率の悪さも跳ね上がるのだとか、色々言われてはいるものの。 そのようなことをわざわざ実践し、記録に残した物好きも居ないため、『そうであるらしい』といった伝聞の域を出ない。 「は、──ぁ…。くそ…ッ」 熱源は、散々に掻き回された腹の底。 濃密な魔力塊そのものの精を、幾度と無く流し込まれたのはつい先刻のことだった。 ねちねちといたぶるような遣り取り。交歓という概念など無い、拷問のような情交。 彼に注ぎ込まれた量以上に、『持っていかれた』気さえすると、先程までの時間を思い出してランサーは眉をしかめた。 身体の奥を、指で、舌で、性器で揺すられ、突かれ、混ぜ返され。 ──ぁ、ア…ッ、チク…ショウ、もう、やめ…ろ…ッ! ──本当に、やめても構わんのかね? 言葉に反して、こちらはとても素直に…悦んでいるようだが。 性感を多く飲み込む器官への絶え間ない刺激を繰り返されて。 ──弄れば弄っただけ、だらだらとよくも、まあ…。大した様だな、英雄殿? ──…、ぅる・せェ…黙れ…! ッもう、触る・な…ぁ…ッ…。 最後の方はもう自発的な射精も出来ず、指に押し出されてだらだらと精液を垂れ流すような有様。 ──あ・ぁ、ア…も…もぅ、無理・だ…。から、放…せ、っ・て……! ──済まんが…まだ、足りんので、ね。喰わせて貰うぞ、ランサー。 許しがたく、耐え難い屈辱、ではあった。 それでも、濃密な魔力を内包する相手の体液は酷く甘く。 そういった意思を持って触れられれば、体は否応無しにそれを取り込もうと反応してしまう。 理性を容易く溶かす誘惑。駆逐するどころか、その内に溺れることをよしとする度し難い情動。 いじくり回され、達して腹の上にぶちまけた精を、一滴も取りこぼすまいと。 執拗に舌で、指で、残さず掬い取った男の表情もまた、その度し難い情動に彩られたものではなかったか。 絡みついた視線。熱のこもったそれは、とてつもなく嫌悪すべきものであると同時に、どうしようもなく欲しいとそう思わされるような、相反したもので。 それを思い起こせば、再び飢えを、渇きを覚える。 まだ受け容れ切れていない魔力を、熱を持て余しながらも。 「ふ…、ぅ…」 頭を振って、身体の奥を焦がす熱も、融かされ、流され行く思考をも霧散させようとしたところで。 一度味を覚えてしまえば、それを忘れることなど適わないのだ。 そう、それは── 「まだ、足りないのかね? ランサー」 己だけでは、ないのだから。 「…ッ、アー、チャー」 視界の端には、底意地の悪い微笑を貼り付けたアーチャーの姿。 いつの間にか戻ってきていたのか。それさえ判らずにいた己の消耗具合に、ランサーは小さく舌打ちを漏らす。 アーチャーはその表情のまま、横たわるランサーにゆっくりと覆い被さり、耳元へ唇を寄せる。 掛かる吐息の熱の高さに、ランサーは知らず身体を強張らせた。 「そんなに、快楽の余波が消えないとでも…?」 鼓膜を濡らすアーチャーの声が、抱え込んだ熱を煽り、飢えたその身を強く実感させる。 時を同じくして肌を滑る浅黒い指の感触に、ランサーは堪らず漏れそうになる声を必死に押し留めた。 「うる、せェ…。好き勝手、抜かすんじゃ…ねえ…。…この…ッ」 毒づく声も、弱々しく。言葉の合間に漏れる吐息は、誘うように甘くさえあって。 何かに抗うその表情は、彼の意図と反したところで誘惑とさえ映り。その様子は、酷くアーチャーの情動を煽る。 「その表情が…堪らんな。アレだけ喰い散らかしたというのに、また、喰いたくなる」 「…ッ、な…。ふざ…け、ッ、ぅ…」 熱に浮かされたまま、性急に唇を塞ぎ、言葉を封じて。 交じり合う唾液が、媚薬のように脳の奥と、身体の芯を焦がすのを感じながら。 彼らは再び、互いを貪るのだ。 癒えぬ渇きを、満たされぬ飢えを抱えたまま。 End ■ Return ■ |