夜半の月
 つきをみるたび、おもいだす。


 月の細い光に濡れて、輝きを増す金の髪。
 りりしさと優しさを包んだ、澄んだ翠の瞳。
 そして、柔らかく穢れを弾く、白い肌。

 気高さに包まれたその姿は、それでもとても優しい風を纏う。


「───」

 夜の海から引き揚げられるように、衛宮士郎は目を開いた。
 冬の深夜、月明かりだけが煌々と寝室を照らす。
 いつになく大きな満月は、強い銀の光を室内に零していた。
 布団に仰向けになったまま、窓の外にぽっかりと浮かぶその光源を見つめる。
 柔らかなはずのその光の強さがただ眩しくて、思わず目を細めた。

『シロウ』

 少年の色がわずかに混じる、鈴のような声。
 彼女が己の名を呼ぶ時の音が、とても好きだった。
 月の光を受けたまま目を閉じる。
 今夜だけは、彼女と過ごした僅かな日々を噛み締めるように。

「セイバー」

 応えが返ることはない。
 それでも、目を閉じたまま彼女を呼んだ。
 閉じた瞼から浸透していく月光は、今日に限って暖かささえ感じられるようで。

『シロウ――貴方を、愛している』

 その言葉を聞いたのは、朝焼けの中。
 武装も無く、夜の名残のような蒼を纏った彼女は、そのまま強まっていく陽光に溶けていった。
 月の光を纏って、夜に降りてきた白銀の騎士。
 だから、きっと別れの時は太陽とともに、だったのだろうと──わけもなく納得して。

「セイバー」

 応える術は既に無く、声は決して届くことはない。
 それでも、この柔らかくも強い月光が、彼女であるような気さえして。彼はもう一度彼女を呼んだ。
 愛していると、告げることもせずに。ただひたすらに。


 冴えた白銀の光に包まれて、彼は再び夢を見る。
 あの黄金の丘で、微笑む彼女に逢えるよう。
 今夜だけは、と──願うように、祈るように。彼女を想う。



 つきをみるたび、おもいだす。
 それでもけして、もうおうことはなく。



End



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