14-あまえる


「不思議なものだな…」
「……何が?」

 怪訝そうに問い返したら、答えの代わりにアーチャーが片目だけを細くして笑った。
 人の右手を勝手に攫って、爪の先に口付ける。
 その程度の所作にやたら動揺する自分もかなり、どうかと思うんだが。

「君の照れどころは、私のそれと随分異なるようだ」
「……は、てめぇ照れたことあンのか?」
「あるとも。君が気に留めもしないようなところで、随分とな」

 本当かと訝しむ顔つきを見て、またアーチャーが笑う。
 ずいぶん笑うようになったなコイツ、何てつい感じ入っちまって、目が離せなくなった。
 相変わらず、爪の先に宛がわれたままの唇から零れる呼気が、心地よい。

 攫った手をまた引き寄せて、指を柔らかく握りこんで、節に口付ける。
 一つ一つ、身体のつくりを追うように丁寧に。視線が通った場所をそのまま、唇が追う。
 その感触をもっと欲しがって、肌を軽く摺り寄せる。

 …そうか、こいつはいま、感触で「視て」いるのか。
 全く、難しい甘え方しやがって。
 もう少し判りやすく甘えりゃいいんだ、俺のように。



「…くすぐってぇよ」
「……そのうち、慣れる」

 言外に我慢を強いて、ゆっくりと、彼の身体を確かめる。
 最初に、眼で。次に、掌と指先で。そうして最後に、唇で。
 己の持ち得る感覚全てで彼をなぞりたがる。この奇妙な独占欲の発露に、思わず苦笑が漏れる。
 彼にとってはそれは、独占欲だとも映らないだろうに。

 けれど私は、己の持ち得る全ての感覚に彼を刻み込んで、忘れまいと努めている。
 だから、彼が多少眉を顰めようと、照れたような笑いを浮かべようと。
 私は私の欲するままに、構う事無く彼に触れていた。

「お前の甘え方、難しいんだよなァ」

 彼の言葉にどきりと、心臓が跳ねた。

 甘えている?
 これが?
 しがみつくような、醜態をひた隠しにした、この行為が?

 ……彼にとってはこれが「甘え」に映るのか。
 つくづく大らかに出来ているのだと、感心せずにいられない。

 そうか、私は彼に甘えることが、出来ているのか。
 些か面映いけれど、それを認めるのも悪くなかった。


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