08-許容


 手を差し出すと、その手に懐いて来る。クランの猛犬とはよく言ったものだが、甘え方の挙動は、犬よりも猫科の動物に近いそれのような気が、しなくもなかった。
 だいぶ慣れはした彼の所作にけれど、疑問が浮かばないはずも無い。
 心地良さそうに掌に額を摺り寄せ、無防備に懐く彼が目を閉じている事に気付いたのは、その所作に慣れ始めてから、ようやくと言ったところだった。
「……」
「ン……、何だ?」
 言葉を発するのも億劫だと言いたげな、緩慢な声の調子と、それに伴ってゆっくりと上がる瞼。
 そこから此方を真っ直ぐ見詰める緋色に、密やかに見蕩れ、吐息を漏らす。
 呆れた様にも聞こえる此方の嘆息に少しばかり、不満気な顔つきになった様子を見てつい、笑ってしまった。
「……いいや。随分、無防備に頭を差し出すものだ、と……思って、…な」
「ふーん……」
 言葉を向ける最中も、再度心地良さそうに瞼を伏せ、鷹揚な相槌を打つ。そうしながら掌に額や頬を寄せ、懐く仕草で連想をするのは、やはり猫の動きだった。
 これで咽喉でもごろごろ鳴り出したらそのものなのだろうが、流石にそれは無かろう。
 至った思考に笑いを誘われ、それが呼気を揺らす。
 その気配に、大儀そうに片目だけ開いたランサーと、視線が絡む。
 ん、と首を僅かに傾いで問う所作を向けると、掌に懐いていた頭が、今度は首筋に擦り寄ってきた。
「……どうした…?」
「………」
 返事はない。
 代わりに汗に濡れた髪が、湿った肌を擽る。
 こそばゆさと心地よさが鬩ぎあう不思議な感触に、そっと息を解く。
「ランサー?」
「………ちったぁ解れ、莫迦」
「……は?」
 頭を差し出し首筋を晒し、挙句人を莫迦呼ばわりする、無防備極まりない光の御子。
 全く何の理解の促されているのか解らず、間の抜けた声が出た。
 心地良い一時を邪魔した無粋な男、そんな形容を示す視線を此方へ注ぐ緋色が閉じられ、ついでに盛大な溜息まで。
 ……それはそれとして、納得が行かない。
「お前にだから、許してるんだろうが」
 眉根を寄せ、表情を渋くさせたところで唐突に落ちてきた言葉に、目を瞠る。
 腕の中で相変わらず懐いてくるこの男の処遇に、もうしばらく悩むことになりそうだと、自然と笑みが零れた。


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