02-憧憬


 時折、彼が酷く眩しい。
 その光は己の心に落ちた影を、より強く思わせるのだ。

───だから、私は。

「君を見ていると時折、目眩がする」
 鮮やかな、けれど深みのある蒼の髪を愛でながら、そう告げた。
 汗の引いた胸板を穏やかに上下させていたランサーが、伏せがちにしていた眼を丸くしてこちらを見る。一度何事か言おうとして、開きかけた口をまた、閉じる。
 その一連の動作と表情の移ろいにさえ、目を奪われる辺り、我ながらどうしようもない。
「……どう言う種類の目眩だ、そりゃあ。お前病気なんじゃねえか」
「サーヴァントが病気に罹るのかね」
「…霊体になりゃ一発で治るにしろ、実体編んでりゃ成るだろ」
 熱はねえよな、と、どこか面白くなさそうに口角を引き下げるランサーが、額に掌を宛がいに来た。
 瞼を伏せて息を解き、汗で冷やされた皮膚の感触を受け取る。所謂平熱の範疇の温度を感じ取って引かれる手を惜しみ、自分から身を寄せた。
 ……どうしてそこでそんなに露骨に驚くんだ、君は。
「…やっぱり今日、どっかおかしいな、お前」
「何故? ……君が、そう感じる根拠は──」
「弱ってるだろ」
 言葉を遮る、根拠も無い一言と真っ直ぐな緋色の眼差しに射抜かれ、繕う余裕も無く肩を揺らす。
 ランサーは私の動揺もお構い無しに、また、口を開いた。
「お前がガツガツする日ッて大概そうなんだよ。勝手に一人の世界に籠って、唸ってんじゃねぇって
の」
 相変わらず馬鹿だよな、と屈託無く笑う彼がまた手を伸ばしてくる。白く、長く、しなやかな指。それが私の艶の無い白灰の髪を乱す。
 ぐしゃぐしゃと混ぜっ返すような手つきに思わず、毛先が掠めるのを嫌がって目を眇めた。折角後ろに撫で付けた髪も、これでは台無しだ。
 けれど、そうなった私を撫でるランサーの手つきが、何時になく柔らかい事に気付いて、思わず息が詰まった。
「……しょうがねえ奴だな……、ほら、こうしててやるから」
 何を、と口を開こうとした瞬間、胸の内に抱き込まれた。
 温もりと、耳に届く心臓の音に、つんと鼻の奥が痛む。

 なんだ、これは。

「たまにゃ、良いだろ。誰かの前で泣くのもよ」
 違う、泣いてなどいない。
 反論は、しゃくりあげる呼気が邪魔をして言葉に出来ない。ただ首を横に振って、彼の言葉を否定する。
 けれど、応えは無い。
 背を撫で叩く掌が、詰めていた呼気を吐くように促すばかりだった。


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